昨年,平成30年12月26日付で「IWC脱退と商業捕鯨再開について」というブログを書かせていただき,メディア関係者様をはじめ多くの方から反響をいただきました。ありがとうございました。
このブログでは,私の水産庁捕鯨班時代の経験と国際弁護士としての知見を基に,我が国がIWCを脱退した場合の影響や商業捕鯨再開の可能性について解説させて頂きました。
本日2019年年7月1日,我が国が商業捕鯨を正式に再開しましたので,改めて私の見解を述べさせていただきたいと思います。
既に公式にアナウンスされていいたとおり,我が国は2019年6月30日をもちまして,正式に国際捕鯨委員会(IWC)を脱退いたしました。その結果,我が国はIWCでの決定に縛られることなく,その他の関連する国際枠組みの中で商業捕鯨を再開することが原則として出来るようになりました。
これを受けて,2019年7月1日から釧路沖合で商業捕鯨が正式に再開されました。これは1986年のモラトリアム(一時停止)から31年ぶりのことです。
(一方で,前回のブログでも指摘させて頂きました通り,IWC脱退によって,南極海での捕鯨は各種条約上の規定により実質的に調査も含めて実施できなくなりました。)
前回のブログでも指摘させて頂きましたが,IWCから脱退したからといって,完全に自由に商業捕鯨を再開できるというわけではありません。
IWCは,戦前にイギリス,ノルウェー,日本,アメリカなどの主要捕鯨国により,鯨類資源が危機的状況に陥った状況を打破するために,鯨類を適切に保全管理しながら捕鯨産業を持続的に発展させることを目的として設立されたものでした。そのため,IWC設立後はほとんど全ての捕鯨国がIWCに加盟して,鯨類資源と捕鯨産業を共同で管理してきたのです。
なぜ世界規模での管理が必要であったかというと,鯨類はマグロ類と同じように「高度回遊性魚類」(正式には鯨は魚ではありませんが。)に分類されるため,個々の国の領海や排他的経済水域にとどまることがないため,世界各国共同して管理する必要があるからです。
その一方で,捕鯨国だからといって,IWCに必ず加盟しなければならないものでもありません。「条約法に関するウィーン条約」によりますと,国際条約は加盟した国だけを拘束することになります。したがって,IWCに加盟した国だけがIWCの決定に従う義務があり,IWCに加盟していない国はIWCの決定に従う必要はないのです。
そのため,我が国がIWCを脱退した今では,たとえIWCが商業捕鯨を禁止していても,それに拘束される必要はなく,商業捕鯨を再開してもIWCに関しては国際法違反になることはありません。事実,我が国以外でもインドネシアやカナダなどIWCに加盟しないで捕鯨を行っている国は存在します。
ところが,我が国は国連海洋法条約に加盟しています。前回のブログでも指摘させて頂きましたが,国連海洋法条約では鯨類の利用は「その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する。」と規定されています(国連海洋法条約65条)。そうなると,商業捕鯨を再開するためには「適当な国際機関」に「加盟」しなければならないようにも思われます。しかしながら,この解釈は実は正しくありません。「国際機関を通じて活動する」の部分の原文は,次の通りです。
“・・・work through the appropriate international organizations for their conservation, management and study.”
【・・・通じて活動する】という意味を文字通り解釈するならば,国際機関に加盟しなくても資源保全等について協力することで担保することができることになります。我が国は引き続きIWC科学委員会やその他鯨類に関する国際機関と協力して鯨類資源の保全・管理に協力することとしています。そのため,国連海洋法条約65条にも違反することはありません。
結論としては,我が国が我が国の排他的経済水域で商業捕鯨を再開することは現状では違法にはならないということです。
ただし,将来的には太平洋地域で,特にロシアとの協力の下で新しい鯨類管理機関を設立することを提案したいと考えます。
今回の商業捕鯨再開が国際法に照らしても違法ではないことは明らかです。
では,違法でなければ自由に商業捕鯨を実施しても何の問題もないのか?というと,そうではないともいえます。
私たち弁護士の世界でも,小さな事件でも大きな事件でも,法律上問題ないなら全て上手くいくというものではありません。なぜなら,人間には意思・意見や感情があるからです。違法か合法かという議論とは別に,それに対して「どう思うか。どう感じるか。どうしたいか。」というのはまったく別のものになります。
「違法でないのはわかった。でも私は反対だ。」という人たちは必ずいるのです。
「ザ・コーヴ(The Cove)」という反捕鯨団体が作成したイルカ漁業反対映画をご存知の方多いと思います。和歌山県太地町の追い込みイルカ漁が残虐であると主張して,イルカ漁を批判・反対するために恣意的に作成された映画です。念のために強調しておきますが,太地町を含めた日本各地で行われている小型鯨類漁業やイルカ漁業は国際法上・国内法上完全に合法であり,誰からも非難されるものではありません。
しかしながら,反捕鯨団体のメンバーはこの地に足を運び,立ち入り禁止区域に侵入し,敢えてイルカが捕殺されている場面を隠れて撮影し, 反捕鯨派に有利な内容だけを取り上げて ,合法的にイルカ漁業を実施している漁師を悪役に仕立て上げている映画をつくりあげたのです。
このようなプロパガンダによりあたかも太地町の漁師や日本が残虐なことを行っているイメージが広がりました。そのため,太地町では水族館の為に飼育されるイルカも捕獲することができなくなり,世界的に問題となっています。
また,それに対して2015年に「ビハインド・ザ・コーヴ~捕鯨問題の謎に迫る」という日本人監督によるドキュメンタリー映画が公開されました。長年捕鯨に携わってきた捕鯨関係者や太知町での取材から,反捕鯨団体や「ザ・コーヴ」監督へインタビューまで,両者の主張を公平に描いているとして評価されています。
「ザ・コーヴ」を観た方は,ぜひこちらも合わせて観ていただきたいです。
イルカと鯨は違うかもしれませんが,やはり我が国が南極海で調査捕鯨をしている場面にわざわざ出かけていき反対運動をしてきた団体もあったのも事実ですから,今回の商業捕鯨再開を受けて,そのような反対活動をする人達が今後も出てくることは容易に想像できます。
したがって,日本政府やマスコミの方々に要望したいことは,我が国の商業捕鯨の正当性を今後も引き続き世界に向けて発信していただくとともに,一部の活発な反捕鯨団体や反対活動家から商業捕鯨業者等を守ることを引き続きお願いしたいです。特に,イメージ戦略はますます重要になってくると思います。
米国やオーストラリアなどの主要な反捕鯨国からの国際司法裁判所へ提訴があるのではないかと危惧される方もいるかと思いますが,この可能性は極めて低いと思います。
反捕鯨国からの圧力が高まることは否定できないと思います。しかしながら,かつて豪州が我が国の南極海での捕獲調査に対して国際司法裁判所へ提訴したのは,豪州が南極大陸及び南極海に領土及び領海を主張していることも関係がありました。すなわち,豪州にとっては,自国の領土において日本が鯨を勝手に捕獲しているという認識であり,豪州国内的にも放置できない状況だったと推測します。さらに米国も自国に捕鯨者が存在しており,絶滅危惧ともいわれるホッキョククジラを年間数十頭も捕獲しています。
また我が国と米国・豪州は経済的にも軍事的にも重要な友好国でもあります。
そのため,豪州も米国も,我が国がIWC科学委員会と協力しながら,我が国のEEZ内で商業捕鯨を継続する限り,批判をしたとしても,国際司法裁判所へ提訴する可能性は極めて小さいと考えます。
商業捕鯨が小規模とはいえ合法的に再開されることになりました。
あとは,捕獲された鯨がいかに皆さんの食卓まで届くかという問題があります。
私たちの世代までは鯨肉が給食にでたという方も多いと思いますが,今の若い世代の方々は,給食はおろか普段の食卓でも鯨肉を食べたことが無いというのがほとんどだと思います。そのような方々に鯨肉を食べてもらおうと思っても,なかなか難しいのではないでしょうか。
私の提案としましては,スーパーマーケットや魚屋さんでの販売も重要ですが,居酒屋やレストランなど外食産業で積極的に提供して頂きたいと思います。物珍しさもあって,食べてみる人が増えれば,自宅の食卓でも買って食べる人が増えるのではないでしょうか。
鯨肉は美味しいだけではなく健康食でもあります。
多くの人々が食べることができることを期待しています。
そして,鯨類の持続的利用が推進され,地域の人々の生活に寄与し,そして,多くの人々が鯨料理を楽しむことで鯨類の持続的利用に関心を持っていただくことを期待します。