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中古車販売店ビッグモーターのパワハラ疑惑|法的措置について解説

『コトニ弁護士カフェ』2023年9月8日放送分

前回,大手中古車販売店ビッグモーターの除草剤散布事件について触れましたが,現在も問題の収束は見通せていません。
むしろ,さまざまな問題が浮上する事態となっており,その中にはパワハラ疑惑も含まれています。
今回は,ビッグモーターのパワハラ疑惑についてお話ししていきましょう。

ビッグモーターのパワハラ疑惑

ビッグモーターのパワーハラスメント疑惑は,2023年7月末頃に元社員からの情報リークによって初めて明るみに出ました。
報道によれば,元社員たちは長期にわたり上司からの過度な圧力や辱罵にさらされ,社員が出してしまった損失を支払うように強要された例もあるとのことでした。
さらに,パワハラの具体的な証拠として,社員の頭と受話器が輪ゴムで結ばれた写真が公開されるなど,報道を見て衝撃を受けた方は多いのではないでしょうか。
ほかにも,中途入社した元男性社員によると,出社すると「木偶の坊(でくのぼう)」などといった落書きをされた名刺がデスクに置かれていたとの証言もあります。
元社員たちが一斉に声を挙げていることから,パワハラの事実があった可能性が高いと思われますが,現在裁判などで争われているようです。
ビッグモーターのパワハラ疑惑に該当する主な事案については以下の通りです。

1.損失額を社員に強要

ビッグモーターの社員が社内の手続きに従わず取引を行い損失を出したとして,上司が部下にその損失を補償するよう強制した事案です。
この件に関して,報道等では2時間にも及ぶという音声データの一部が公開されました。
録音された音声データには、上司が非常に厳しい言葉で部下を詰める場面が含まれていました。
この音声データに含まれていた上司の文言がパワハラに当たるか否かが問題となっています。

2.グループLINEで幹部が罵詈雑言

先述の音声データが公表される前にも,ビッグモーターにはパワハラ疑惑がありました。
本社の幹部と各店舗の店長で構成された社内のグループLINEにおいて,幹部が店長たちに対して罵詈雑言を連発するような内容が公表されていたのです。
その内容は,相手の人格を否定するような言動や言葉遣い,不足点を容赦なく指摘するようなものが含まれていました。
こちらも先ほどの音声データと同様に,LINEでの書き込みがパワハラに当たるか否かが問題となっています。

そもそも,パワハラの定義とは

パワハラとは,パワーハラスメントの略語です。
職場におけるパワーハラスメントの定義については,平成30年10月17日に公表されている厚生労働省の資料に以下の記載があります。

引用:厚生労働省【パワーハラスメントの定義について】

簡潔に説明しますと,パワーハラスメントとは,怒鳴ることだけでなく,例えば上司と部下のような職務上の格差のある関係,すなわち「優越的な関係」において,相手を否定するような行動や発言を含むものです。
そのうえで,業務の範囲を超えて相手を否定するような行為がパワハラとして問題視されます。
これらを満たした上で,最終的にパワハラとして判断されるか否かの基準が「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること,又は就業環境を害すること」になったか否かとなります。
「これはパワハラかな」と思った事案でも,専門的な検討を必要としますので,パワハラかどうか判断するのが難しい場合は,ぜひ弁護士などの専門家にご相談ください。

■音声データから伺える“脅迫”そして“強要”

報道されていた音声データを聞くと,上司が部下に対して「弁護士を使って家まで行く」「消費者金融に連れていこうと思っている」など,まるで脅しのような発言をしていました。
これは脅迫罪に該当する可能性があります。

生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する

刑法第222条:脅迫罪

仕事をする上で出した損失を埋め合わせるために,社員に対して「消費者金融に連れて行く」は,本人の意思に反して借金を背負わせようと強要するものといえます。特に消費者金融の利息は割高であることから,これを強要することは財産に対し害を与える旨の告知に該当する可能性があります。
さらに,「弁護士を使って家までいく」という発言も同様です。
弁護士を使うということは,裁判などの法的措置をとることを示唆するものであるため,やはりその人の名誉や財産に対して害を加えるとみても良いでしょう。
このように,強制的に借金の返済や借入の強要を迫っているとして,脅迫罪にとどまらず刑法223条1項の強要罪も成立する可能性があります。

生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害した者は,3年以下の懲役に処する。

刑法223条1項:強要罪

要するに,「弁護士を使って家までいく」などと告知した上で,義務がないにもかかわらず金員を支払わせようとしたのですから,強要罪の構成要件を満たすことになります。

社員が出した損失の責任

パワハラ疑惑が浮上したきっかけとなった音声データによると,「社内の手続きに従わず取引を行ったことで損失を出した」とのことですが,社員が業務上出してしまった損失額を個人的に支払わなければならないのか,疑問に感じた方は多いのではないでしょうか。
通常,労働者と雇用主との関係において,労働者は会社から給与を受け取る立場であり,逆に労働者が会社に金銭を支払うケースは極めてまれです。
会社から損害賠償請求が行われるのは,特別な事例に限られます。
会社に損害を与えた内容や程度によって,減給,降格や懲戒処分など,社内での処分が下ることもありますが,業務上のミスは,たとえ労働者に非があっても「すべて労働者の責任」ではありません。
むしろ会社にも「ミスが起こらないよう管理する責任がある」と考えられています。
労働者と雇用主との関係は,会社が労働者を雇用し,それによって利益を得るという関係です。
そのため,得られた利益は会社に帰属し,労働者は給与を受け取るだけであり,その範囲以上の責任を負う必要はありません。
同様に,損失が発生した場合も,それを労働者が負担する必要はないのです。
この考え方を,法律用語では「報償責任」として知られています。
このことは民法715条において,「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定されていることからわかります。
この事件では,音声データのやり取りの後,部下が念書を書かされ,最終的には給与から損失額が天引きされてしまい,退職することとなりました。
これらの事実が真実であるならば,ビッグモーター側はこの部下に対して,本来支払う義務のない損失を負担させてしまったことになり,民法上の不法行為に当たる可能性があります。
ただし,このような場合でも,社員は上司に対して立場上は反論することが難しい場合が多いため,訴訟などで損害賠償請求をする場合に備えて,このような音声データを録音しておくことは,法的手段を検討する際に非常に有用な手段と言えます。

そもそもなぜパワハラは起こってしまったのか

ビッグモーターのパワハラの原因のひとつとして,極度に厳しいノルマが指摘されています。
報道によると,板金・塗装部門で1台当たり14万円前後のノルマが課せられており,達成できない場合は給与から差し引かれる制度が存在していました。
前回お話しした除草剤の件でも,店舗の出入り口から10m以内に雑草があるだけで,減給や降格の処分が課されたとの報道もありました。
減給されたくない社員たちは水増し請求などを行わざるを得なかったと,報道内でビッグモーターの元社員が話している例もありました。
つまり,厳しいノルマと上司からの圧力や暴言によって,保険金不正請求事件も引き起こされてしまったのではないでしょうか。

■ノルマ制度は違法ではない?

ところが,ノルマを課したからといってそれ自体が違法ということではありません。
ビッグモーターに限らず,営業職などでノルマを設定している会社はそこまで珍しくないかもしれませんノルマを設定することで,社員の成績を管理できたり,社員自身が自分を律することができるといったメリットもあります。
ただし今回のビッグモーターのケースのように,ノルマが過度に厳しい場合には問題が生じることがあります。
例えば,社員が精神的に圧迫され,さらに達成できなければペナルティが発生するという状況であれば,不正行為のリスクが高まる可能性があるでしょう。
一方で,成果に応じて給料を全く支給しない完全ノルマ制の賃金体系で社員を雇うことは違法です。
労働基準法第27条では,「出来高払制の賃金にて労働者を使用する場合には,労働時間に応じ一定額の賃金を保障しなければならない」と規定されています。
これに対し,出来高払制の賃金のみを支給するということであっても,労働時間に応じた一定額の保障給の支払いが確保されている場合は違法にはなりません。
ビッグモーターでの給与形態がどのようになっていたのかは定かではありませんが,場合によっては十分違法であった可能性も考えられます。
一定のノルマが課せられることによってモチベーションが上がる社員もいるかもしれませんが,月々の厳しいノルマが常態化すると,大きなプレッシャーとなることは間違いありません。
したがって,ノルマ達成に基づく減給ではなく,一定の給与は保証した上で,成績に応じてインセンティブを追加で支払うなど,社員の精神的健康を守ることが,結果的に会社全体の利益が上げることにつながるのではないでしょうか。

パワハラ報道後の被害者とビッグモーターの動き

すでに一部の社員が,パワハラに対する慰謝料と未払いの残業代について,ビッグモーターを相手に提訴しているとの情報があります。
全国各地で悪質なパワハラが広く行われていたという疑念が現実のものであるならば,今後も同じように,過去のパワハラや未払い賃金,法外な減給や損失の補填などに関して,訴えを起こす社員や元社員が増える可能性は大いにあるでしょう。

■パワハラの慰謝料や未払い賃金には時効がある

パワハラに対する慰謝料請求や未払い賃金の請求には時効があります。
パワハラの慰謝料請求とは,正式には民法709条に規定された【不法行為に基づく損害賠償請求】となり,時効については民法724条に定められています。

被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
不法行為の時から20年間行使しないとき。

民法724条:不法行為による損害賠償請求権の消滅時効

また,仮にパワハラにより生命又は身体を害することとなった場合は,民法724条の2に該当します。

人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については,同号中「3年間」とあるのは,「5年間」とする。

民法724条の2:人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効

2020年(令和2年)4月1日以降に発生した未払い賃金の時効については3年,それ以前のものについては2年となります。

この法律の規定による賃金(退職手当を除く。), 災害補償その他の請求権は二年間,この法律の規 定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては,時効によつて消滅する。

労働基準法115条

当分の間,同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間」とあるのは,「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から5年間,この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から3年間」とする。

労働基準法第143条第3項

報道によれば,ビッグモーターは顧客離れが続き,経営が急速に悪化しているとの情報が伝えられています。
上記のとおり,請求には時効がありますので,速やかな請求が必要です。証拠が足りない,何をしていいのかわからないという場合は,弁護士などの専門家に速やかに相談されることをお勧めします。

最後に,ビッグモーターの和泉伸二社長は「ここからは存続をかけた本気の戦いがはじまります」と述べていますが,信頼回復までの道のりは長く,険しいものになるのではないでしょうか。

ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
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隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
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