今年の夏も各地で気温の高い日が続いてます。
2024年7月は、気象庁が統計を開始した1898年以降の7月以来、2023年の記録をさらに上回り、最も気温が高くなったひと月だったそうです。
また、国内における年平均気温の高さは、直近4年がトップ4に入っているとのことで、今年は札幌でも7月に入ってから8月半ばくらいまで30℃前後を記録していました。
このように近年は夏になると常に熱中症の危険性と隣り合わせの生活ですが、実際に仕事中に熱中症になるケースも起こっています。
今回は、熱中症に関する指標と法律、そして仕事中に熱中症になった場合の安全配慮義務と労災認定についてお話しします。
近年は「暑さ指数(WBGT)」という言葉をよく見かけるようになりました。
「暑さ指数(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)」とは、熱中症予防を目的に1954年にアメリカで提案された指標です。
人体の熱収支に与える影響の大きい湿度と日射・輻射といった周辺の熱環境・ 気温の3つを取り入れた指標になっています。
日本生気象学会によると、日常生活に関する指針として以下のように表しています。
暑さ指数は(WBGT)、労働環境や運動環境の指針として有効であるとして、国際的に規格化されており、日本では環境庁のホームページで各地域の実測値が毎日発表されています。
近年は熱中症で亡くなる方も増えており、環境省が作成した資料によると、熱中症死亡者の8割以上が65歳以上の高齢者であることがわかります。
そのうち、屋内で亡くなられた方の9割がエアコン不使用だったそうです。
高齢者の方は若い方より熱を放出する力が弱くなってしまい、体に熱が滞りやすくなります。
そのため、体温が上昇しやすくなり、同時に温度に対する感覚が弱くなることから、エアコンをつけなくても平気だと思ってしまうようです。
また、温暖化の影響で外気温が大きく変化しているにも関わらず、「エアコンがなくても大丈夫」「扇風機で大丈夫」と昔と同じような感覚で、暑いのに我慢してしまう方も一定数いらっしゃるようです。
そういったことから、高齢者は室内で熱中症になりやすい傾向があるため、家族や周りの方が配慮する必要があります。
今後、地球温暖化がさらに進む可能性があることから、熱中症対策を強化するため、令和5年4月に熱中症対策の推進が盛り込まれた「気候変動適応法」が成立しました。
「気候変動適応法」は、政府が熱中症対策を行うための計画を作ったり、熱中症の危険が高いときに特別警戒情報を出して注意を呼びかけたりするものです。
さらに、その特別警戒情報が出ている間に、暑さから避難するための施設を開放するなど、熱中症予防の対策を強化するための仕組みを作ることも含まれています。
改正前までは、環境省と気象庁が法律に基づかない形で熱中症警戒アラートを発信していましたが、改正後はアラートが「熱中症警戒情報」として法律に位置づけられました。
それだけでなく、より深刻な健康被害が出る可能性があるときのために「熱中症特別警戒情報」というさらに強力なアラートも新しく作られました。
このように法定化することによって、より強力で確実な熱中症対策ができるようになったのです。
暑さが厳しいときには、屋内で過ごすことが推奨されますが、屋外での作業が避けられない仕事に従事している方も多くいます。
たとえば交通整備員や工事の作業員などの職業の方は、暑い中でも外での作業が必要となる場合あるでしょう。
仕事の場合、企業には従業員の安全を確保するために配慮しなければならないという義務があり、これは労働契約法第5条「安全配慮義務」に基づいています。
労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
使用者は,業務中の事故の防止対策 、安全衛生管理の徹底、 労働時間の管理の徹底など、労働者が安全に仕事を遂行できるよう、最大限の配慮を行わなければなりません。
これは、もちろん屋外で作業が必要な仕事に対しても同様です。
もし仕事中に熱中症で倒れるなどした場合、安全配慮義務において「企業がきちんと安全に気を配っていたのか」が判断するポイントになります。
上記の観点から安全配慮義務違反の有無を考えます。
「安全配慮義務」にもさまざまなパターンがありますが、熱中症対策のような労働契約法に基づく安全配慮義務については、違反しても罰則はありません。
ただし、仕事中に熱中症になった場合、労働者が会社に損害賠償を求めることができ、会社が安全配慮義務を果たしていないと判断されると、損害賠償責任を負うことになる可能性があります。
厚生労働省の「令和5年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、仕事中に熱中症で亡くなった方の数は1,106人となっており、これは2022年より279人、比率で34%増えているようです。
そのうち全体の約4割が建設業と製造業で発生しています。
多くの事例ではWBGT指数を把握しておらず、熱中症予防のための労働衛生教育を行っていなかったようです。
令和6年2月13日には、作業員に対する熱中症予防策が不十分だったと認定された裁判の判決がありました。
2013年8月、サウジアラビアのヤンブーに停泊中の浚渫船(しゅんせつせん:水底の砂や土を掘る作業用の船)の甲板で、溶接工事を担当していた30代の男性従業員が体調不良で亡くなってしまう事件がありました。
その方は8月17日に作業を始め、20日から体調不良で休養していましたが、その9日後に現地の病院で死亡してしまいました。
遺族は、熱中症が死亡の原因であり、企業の安全管理に不備があったとして、6353万円の損害賠償を求めて訴訟を起こしました。
裁判所の認定によれば、当時のヤンブーの気温は平均32.8~33.3℃、湿度は56~65%で、港湾都市のためか比較的高温多湿の環境だったそうですが、船舶会社の社長らは対策を怠ったと主張し、裁判所は船舶会社に計4868万円の損害賠償を支払うよう命じています。
従業員の職場での安全管理については、企業の安全義務の配慮の他に「労災保険制度」があります。
労災保険制度は、仕事中や通勤中の事故でけがや病気になったり、亡くなったりした場合に、労働者やその家族を助けるための公的な保険制度であり、安全配慮義務違反と労災認定は別々に判断されます。
労災補償の対象疾病の範囲を定める労働基準法施行規則の別表第1の2第2号8には「暑熱な場所における業務による熱中症」と規定され、熱中症は業務上の疾病として取り扱われています。
つまり、仕事中に熱中症になった場合、労災の対象となるケースもあるということです。
熱中症が労災の対象となるケース
熱中症が労災として認められるのは、業務内容や業務環境と、熱中症を発症した事実との間に因果関係がある場合です。「職場などの業務環境が適切に温度管理されておらず、身体的負荷が高くなったことが原因で、熱中症になってしまった」「高温の屋外で休憩時間も取れず業務が続いた」などの例が挙げられます。
熱中症が労災の対象とならないケース
もともとの持病が原因である場合や、業務が終わって帰宅後の自宅が暑くて熱中症になったなどは、因果関係が認められるとは言えないので、労災認定されないでしょう。
企業は従業員の安全を守るために、労働環境に細心の注意を払う必要があります。
同時に、私たち一人ひとりも体調管理を怠らず、適切な水分補給や温度・湿度の管理を心がけましょう。
もしも仕事中に体調不良や危険を感じた場合は、すぐ周囲に申し出るなどして、安全第一で無理をしないようにしましょう。
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