2024年5月初旬,水産庁はこれまで捕獲を認めてきた3種類の鯨種に加え,新たに「ナガスクジラ」の捕獲を認める方針を固めました。
2019年に日本が国際捕鯨委員会(以下、IWC)を脱退し,商業捕鯨を再開して以来の大きなニュースのひとつといえるでしょう。
これまでも捕鯨については何度かお話ししてきましたが,改めて捕鯨の歴史とIWC脱退について振り返りながら,今回のニュースから今後の商業捕鯨の見通しについてお話しします。
日本の捕鯨の歴史は非常に古く,遺跡から鯨の骨が多数出土していることからも,縄文時代には沿岸に流れ着いた寄り鯨を海からの恵みとして利用していたと考えられます。
やがて時代が進むと,主に手銛(てもり)による捕鯨がおこなわれるようになります。
1600年頃になると,和歌山で「鯨組」という組織的な捕鯨団体が結成され,1612年には千葉でツチクジラの手銛漁が始まります。
そして,1670年頃には和歌山では網を使って鯨を追い込む「網取り式捕鯨」が始まり,組織的な捕鯨が急速に全国に広まりました。
そもそも日本人は,古代から鯨を食べてきた歴史があり,大事なたんぱく源として鯨を食べる文化が続いています。
一方で,ヨーロッパでは,9世紀にノルウェー,フランス,スペインで捕鯨が始まったと言われています。
▼捕鯨の歴史については,日本捕鯨協会の公式サイトに詳しく紹介されています。
捕鯨の歴史:日本捕鯨協会公式サイト
シロナガスクジラやナガスクジラなどの大型鯨類は,北半球だけでなく南氷洋においても,20世紀初頭から20世紀半ばまでの乱獲によって絶滅の危機に直面しました。
そこでIWCは,まずはシロナガスクジラやナガスクジラなどの大型鯨類について,捕獲禁止や捕獲量を制限するようになりました。
最終的に,1982年にIWCでは鯨の個体数を回復させるためという名目で,商業捕鯨を一定期間停止するといういわゆる「商業捕鯨モラトリアム条項」が採択され,1986年のシーズンを最後に商業捕鯨は停止されています。
このように捕鯨はIWCにより厳格に管理されていたこともあり,一部の鯨の生息数は回復し,資源が豊富な鯨類は科学的に見ても捕獲が可能な状態になりました。
しかし,実際はIWCのもとで商業捕鯨は40年以上再開されていません。
その理由のひとつに,上記の商業捕鯨モラトリアム条項があります。
商業捕鯨モラトリアム条項では「1990年までに新しい方法による捕獲枠の設定をおこなう」ことになっていました。
しかしながらIWC科学委員会は,南氷洋に多いクロミンククジラなどの一部の鯨種については捕獲枠の設定が可能と認めているにも関わらず,商業捕鯨モラトリアム条項の解除には4分の3の賛成が必要なことから,反捕鯨国が多数を占めるIWCでは解除されず,IWCは事実上鯨の利用を禁止し続ける「鯨類保護団体」のような存在となってしまっていたのです。
そのため,IWCのもとで「持続的に捕鯨を管理して利用する」という条約の目的が達成されず,商業捕鯨の再開が不可能な状態になっていました。
結果として,日本が商業捕鯨を再開するにはIWCからの脱退が避けられなかったのです。
我が国では昔から,鯨の肉だけでなく,脂・皮・骨・すべての部位を無駄なく活用してきました。
しかし現在では,捕鯨は主として食肉用として実施されていますが,日常生活で鯨肉をあまり見かけないと感じる方も多いでしょう。
その理由は,主に以下の3つが考えられます。
1.家畜産業の発達と鯨肉流通量の減少
戦後の食糧難の時期には,鯨肉が貴重なたんぱく源として大量に流通していました。
しかしその後,家畜産業が発展し,鶏・豚・牛などの肉が日常的に食べられるようになり,結果的に鯨以外の肉を摂取することが増えました。
さらに,1982年にIWCが商業捕鯨の一時停止を決定して以来,鯨肉の流通量は減少し,価格も上昇したため,鯨肉を食べる機会が少なくなりました。
2019年に商業捕鯨が再開されたものの,以前と比べて捕獲量は少なく,結果として流通量も少ないままです。
そのため,現代の市場で鯨肉をあまり見かけなくなったと考えられます。
2.海外から批判を受ける可能性も
捕鯨に反対している国の影響が大きい大手企業等の場合は,鯨肉を取り扱うことで海外から批判を受ける可能性を示唆し,取り扱いを避けるケースもあるようです。
たとえば,イオンの前身であるジャスコのアメリカ子会社であったタルボットという店では,日本のジャスコで鯨肉が販売されていることを理由に不買運動が起こったため,イオンでは鯨肉の取り扱いを一時控えたという経緯もありました。
3.鯨を食べる習慣がない
一番大きな理由は,上記1の理由とも関連しますが,1982年に商業捕鯨が中止されて以来,特に若い世代では鯨を食べる習慣がなくなったことでしょう。
家畜の肉が容易に手に入る現代において,そもそも鯨肉を食べる習慣がない若い世代では,わざわざ鯨を食べる必要がないと考える人が増えたことが考えられます。
今回,水産庁は新たに「ナガスクジラ」を捕獲の対象に加える方針を固めました。
これまでは,ミンククジラ,ニタリクジラ,イワシクジラの3種類が捕獲の対象でしたが,今回の決定により,ナガスクジラを加えた4種類が捕獲可能になりました。
商業捕鯨が2019年7月1日に再開後,捕獲対象の種類が増えるのは初めてのことです。
具体的な漁獲枠については,目視調査などの結果をもとに,北西太平洋グループのナガスクジラが約1万9299頭いると推定し、そのうえで、100年間捕獲を続けても資源に悪影響がない水準を検討し,年間60頭までの捕獲が可能となる予定です。
▼北太平のナガスクジラ資源量については,水産庁の報告で詳しく掲載されています。
IWCの改訂管理方式(RMP)に沿って算出された北西太平洋ナガスクジラの捕獲可能量について
2023年11月に引退した捕鯨母船「日新丸」に代わり,新たに「関鯨丸(かんげいまる)」が2024年3月から稼働を始めました。
この「関鯨丸」は,長さ112.6メートル,総トン数9299トンの最新式の捕鯨母船で,30年以上活躍した「日新丸」の後継船として誕生しました。
ナガスクジラは,オスが最大で25メートル,メスが27メートルにもなる巨大な鯨であるため,これまでの日新丸では,船が小さすぎてナガスクジラを捕獲しても持ち上げることができませんでした。
しかし,「関鯨丸」ではナガスクジラの捕獲が可能になりました。
この新しい捕鯨母船は,将来的にナガスクジラの捕鯨が可能になることを見越して建設されたようです。
共同船舶株式会社の所英樹社長は,「この船を造ることで,少なくとも今後30年間は鯨肉の供給責任を果たせる」と話しています。
捕鯨に関しては,国際社会では依然として多くの国が反対しており,取り巻く環境は厳しい状況が続いていますが,国内外で理解を得ながら,いかに持続していけるかが課題といえます。
私としては,鯨も貴重な資源であり,持続可能な範囲で捕獲できるのであれば,その資源を活用すべきだと思います。
環境保全を真剣に考えるならば,わざわざ森林や草原を切り開いて牧場にし,穀物を育てて家畜の餌にするよりも,鯨に限らず,野生の環境で育ったものを持続可能な範囲で利用する方が環境に優しいといえるのではないでしょうか。
鯨を食べなくてもいいという意見もありますが,自然の恵みとして適切に管理・利用することで,環境に優しい地球を築いていければと願っています。
▼捕鯨に関する過去の記事は以下で確認できます。
ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
毎週金曜日10時30分から三角山放送局で放送中!
隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
身近な法律のお話から国際問題・時事問題,環境や海洋のお話まで,様々なテーマで約15分間トークしています。
皆様からの身近なお悩み,ご相談などのリクエストもお待ちしております。
三角山放送局 reqest@sankakuyama.co.jp または当事務所のお問い合わせフォームでも受け付けております。