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知床で発生した遊覧船沈没事故|賠償問題と責任の所在

『コトニ弁護士カフェ』2022年6月17日放送分

前回は今年4月23日に知床で発生した遊覧船事故について,運航に関する安全規定はどのように定められているのか,体制はどうなっているのかについてお話ししました。

知床遊覧船事故では,26名の乗客の方が犠牲になり,いまだに行方不明で見つかっていない方もいらっしゃる状態です。
カズワンを運航する会社のずさんな管理体制について注目されてきましたが,明らかな過失が認められる場合は,刑事責任も追及されるのではないかと言われています。

今回は,問題になっている賠償問題について,法的な観点から解説していきます。

遊覧船が加入する保険と補償について

遊覧船の保険には,補償内容によって様々な種類があります。
このような国内を遊覧する遊覧船の場合,船舶自体の損害を補償する「船体保険」,運航に伴う賠償金などを補償する「船主責任保険(PI保険)」,そして乗客らへの賠償金などを補償する「船客傷害賠償責任保険」という三種類の保険が一般的です。
日本では,【日本の領海を超えて外国に航行する船(外航船舶)】について,外国船,日本船を問わず,総トン数100トン以上の船はPI保険の加入を義務づけています。

ところが,国内のみを航行する船舶についてはそのような義務がないのが現実です。
例えば,漁船については漁船損害等補償法という法律に基づき,漁業活動に対する保険を提供していますが,全ての漁船がこれに加入する義務はありません。
同様に,ヨットやモーターボードなどのプレジャーボートにもプレジャーボート専用の保険は提供されていますが,やはり義務ではないのです。
自動車が自賠責保険に加入することが義務であることと比較すると大きな違いがあると感じます。

乗客への賠償金を補償をする「船客傷害賠償責任保険」

今回の遊覧船事故の賠償問題で関係するのは,乗客への賠償金を補償をする「船客傷害賠償責任保険」です。
こちらも形式的には遊覧船などのいわゆる不定期航路事業者が保険に加入しないといけない義務は法律上決められていません。
海上運送法19条の2で保険契約の締結命令という条文があるのですが,あくまで命令で義務付けるものではないのです。

ただし,海上運送法という法律に基づき不定期航路事業を開始する場合,届出の要件として,1人につき3000万円以上の船客傷害賠償責任保険に加入することが条件となっています。
事業開始届出の提出書類として保険証券の届出が求められてるため,事実上,義務付けされていると言っても差し支えありません。
ただし,事業を開始するから保険に入る義務があるのであって,船を持っていても事業を開始しなければ保険に入る義務はないことになります。

知床遊覧船事故のようなケースの場合

今回事故を起こした会社も船客傷害賠償責任保険に加入しているようです。
実は,この会社は今まで最低限度の補償金額が三千万円という保険に加入していたのが,今年の4月に保険額を引き上げていて,一人当たりの賠償額の上限は一億円と言われています。

ただし今回の事故では,前回の放送でも触れたとおり,無線が壊れたままになっていたり,悪天候になる可能性が高いにも関わらず出航に踏み切ったり,会社側の安全管理がなされていたなかった,つまり重大な過失があったことにになります。

それに対して,保険会社がどのように判断するのか。
交通事故も同じで,たとえば人身事故を起こしてしまった場合,明らかに運転者の過失によるものであれば,保険で全額補償されるかどうかわかりません。
今回の事故で一人当たり上限が一億円ということで,その満額が認められるということはなかなかないとは思いますが,それでも一人当たり数千万円の賠償金額になることが予想されます。
そうなったときに,この会社に支払い能力があるかどうかと考えると,なかなかむずかしいと思います。
ご遺族の皆さまのためにも,保険会社がどこまで支払えるかどうかというところが注目されるでしょう。

遊覧船等事故の責任の所在|民法715条・会社法429条

船の事故が起きた場合,その責任の所在というのは通常,「船長の責任」また「船の持ち主である会社の責任」になります。
民法715条には,使用者責任という条文があります。

民法715条
1.ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2.使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3.前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

Wikibooks

上記のように,従業員が他人に損害を発生させた場合,会社もその従業員と連帯して被害者に対して損害賠償の責任を負うということが法律上定められています。

そのため,今回の事故の原因が船長の判断にあったとしても,最終的には船長の代わりに会社が責任を負うというこうとは法律上は可能かと思います。
また今回は船の運行者は会社であるため,会社の取締役である社長に悪意または重過失があった場合は会社法429条により社長に責任を問うことは可能かもしれません。

会社法429条
1.役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2.次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
一 取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第440条第3項に規定する措置を含む。)
二 w:会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三 監査役、監査等委員及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四 会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

Wikibooks


ただし今回のような小さな船の事故の場合,そして乗船していた方々全員が犠牲者となってしまった場合,本当にそのとき船がどのような状態で,何が起こっていたのか正しく判断することができません。
外的な要因から推測はできますが,どのような会話がなされ,船長がどのような行動をしていたのかとか,沈没に至った決定的な理由だとか,写真や映像のような証拠も証言もありません。
このような状況で責任の所在を明確にするのはすごく難しいでしょう。
もちろん,これまで言われているように,会社の安全管理に大きな問題があったことは明らかですが,いろいろな要素が重なっていると考えると,決定的な事故原因というのはなかなか特定できないかもしれません。

その上で,安全規定や制度の見直し,管理規定の遵守の徹底をさせるということが求められると思います。

大切なのは必要な保険に加入しておくこと

今回の事故に限らず,会社側の判断ミスや過失があるものの,不可抗力によって沈没に至った原因があったかもしれません。
不可抗力であった場合は,船長の責任は問われないばかりか会社に対しても責任を問うことはできない可能性もあります。
いずれにせよ,どんな船舶も必要な保険に加入しておくのが大事です。
何かあったときに,自身の船の損害を補償する制度もあれば,今回のように被害者がでてしまった場合の賠償金を補償する保険もあります。

会社に支払う資力が無い場合,被害者や遺族の皆様へ賠償金を支払うことができなくなってしまうため,それをカバーしてくれる保険には必ず加入すべきと言えます。

船も陸上の自動車と同じように何が起こるかわからないばかりか,いざ事故が起こった時の危険度は,陸上よりも大きいことを知っておきましょう。

ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
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