以前,中古車販売のビッグモーターのパワハラ事件について,ノルマに対する厳しいペナルティの実態など,実際のニュースの内容から見えてくる法的問題について解説しました。
パワハラと一言で言っても,その内容によって関わる法律が異なります。
そこで今回は「パワハラの定義」について改めて解説をし,もしも実際にパワハラ被害に遭ってしまった場合,どのような証拠を残しておいて,どう対処すればいいのかなど,具体的にお話しをしていきます。
平成24年,厚生労働省が示した指針によると,パワハラとは以下のように定義しています。
同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為。
平成24年3月15日「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」
簡単に説明すると,たとえば上司と部下といった職務上優位性のある関係の中で,業務の範囲を超えて,相手を否定するような言動をするということになります。
そのため,単に大きな声で怒鳴ったらパワハラになるというわけではありません。
たとえば身体的に侮辱するようなこと,プライベートに関してのダメ出しなどといった,人格を否定するような言葉が該当します。
パワハラかどうかを見分けるには「業務の範囲を超えているかどうか」という点がポイントになります。
業務上の指導や注意ではなく,明らかに仕事とは関係ない言動であれば,パワハラに該当する可能性が高いでしょう。
さらに,「職場での優位性を利用しているかどうか」という点も重要です。
上司に強く言われたら,部下はなかなか言い返せないものですが,そういった優位性を利用して,攻撃的な言動を取ることがパワハラの特徴です。
パワハラの種類について,厚生労働省では「パワハラ6類型」として,6つに分けています。
1.精神的な攻撃
皆の前で大声で怒鳴られる,必要以上に長時間繰り返し叱られるなど,あきらかに業務の範囲を超えて,精神的に苦しくなるような攻撃はパワハラに該当します。
2.身体的な攻撃
上司から叩かれる,殴られる,蹴られるなどの暴力行為も当然パワハラになります。
3.過大な要求
たとえば,新入社員などでまだ対応できないような仕事を,できないことをわかった上で押し付けたり,何日もかかりそうな仕事を数時間で終わらせるように指示するなど,無理な要求をすることもパワハラです。
4.過小な要求
過大な要求とは反対に,営業職で自分の業務があるのに,草むしりだけを命じられる,専門職なのに,掃除や雑用ばかりやらされるなど,本来やるべき仕事をやらせてもらえない状態に追い込まれてしまうこともパワハラに該当します。
5.人間関係からの切り離し
たとえば,一人だけ席を遠くに離されたり,別室に隔離されたりする,全員で無視するなど,いじめのような態度を取ること。
6.個の侵害
仕事とは関係のないプライベートなことで,相手を侵害するようなことを言うこともパワハラです。「やっぱり⚪︎⚪︎大卒は頭が悪くて仕事が遅いね」「そんなだから彼女ができなくて独身なんだよ」「あなたの奥さんは性格が悪いね」など,個人を攻撃するような内容が該当します。
このようにパワハラとは,単に「言われて不快に感じた」「態度が冷たい」といったものではなく,きちんと定義があるのです。
とはいえ,パワハラに関しては判断がむずかしい部分もあるでしょう。
とても厳しい言い方をする上司に対して「少しキツイな…」と感じても,本当に仕事上必要な指導としての態度である場合もあります。
もしも判断に迷う場合は,会話を録音する,細かい出来事を日記としてしっかり記録しておくなど,まずは証拠を残しておくようにしましょう。
証拠を残しておけば,あとからエスカレートして「やはりこれはパワハラだ!」となった場合の判断材料になります。
そういった証拠をもとに,社内や自治体の相談窓口,そして私たち弁護士などの専門家に相談するのが一番ベストな判断でしょう。
「辛かった」「傷ついた」という感情の変化だけでなく,仕事に行けなくなってしまったり,病院でうつ病と診断されてしまったりといった被害に繋がってしまった場合,「損害の発生」をしっかりと記録しておきましょう。
パワハラを訴える際には,病院に行った際の医療費,うつ病になって休んでしまった場合にもらえなかった給与など,具体的な損害を示す必要があります。
病院を受診した場合は,パワハラによる症状であることを示した診断書をもらうようにしましょう。
PTSDなどの後遺障害が残ってしまった場合も,損害賠償として将来の逸失利益を請求できる可能性がありますので,後遺症の有無も必ず診断してもらうことが必要です。
職場でパワハラがあったという事実,そして損害が発生した事実,このふたつに「因果関係」があることを証明することが,とても重要になります。
たとえば,パワハラだと思われる事実が発生する前から仕事を休みがちだったとか,いつも落ち込んでいて成績がよくなかったとか,客観的にパワハラとの関係が見られない場合は,因果関係は認められません。
そのため,第三者から見てもあきらかにパワハラが原因だと判断できるように,「証拠保全」「事実の記録」がとても重要なのです。
注意していただきたい点としては,ビッグモーターの件のように,長年社内でパワハラまがいの慣習が日常的に行われている場合,自分だけでなく皆も言われていたりだとか,慣れてしまったりなどで,なかなかパワハラ被害に気付けないケースもあるかもしれません。
パワハラであることに気付かず精神的に病んでしまったり,退職に追いやられてしまったりして,取り返しのつかないことになる前に,疑問を感じたらすぐに相談できるような環境があると大きな被害は防げるかもしれません。
パワハラなどが常習的に行われることで社員が働きづらい労働環境になると,結局は会社側の首をしめる結果になります。
経営者の方々にとっても,会社そして会社のために働いてもらっている従業員のためにも,働く人達が心地よく働きながら成長していけるような環境を目指していってほしいと願っています。
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