
回転寿司で一番人気のネタとも言われる「サーモン」。今や私たちの食卓に欠かせない存在ですが、その多くがどこで、どのように育てられているかをご存じでしょうか。
いま日本では各地でサーモンの養殖が広がり、ブランド数は年々増え続けています。
今回は、勢いを増す養殖サーモンの最新事情と、その裏側にある魚の養殖をめぐる法律について解説します。

前回は、ウナギの完全養殖が世界で初めて商品化されたというニュースを取り上げました。
世界初、完全養殖ウナギ販売までの道のり。水産庁出身弁護士が解説
実はいま、養殖業界全体が大きく盛り上がっており、なかでもとくに勢いがあるのが国産の養殖サーモンなのです。
市場調査によると、日本のサーモン市場は2025年時点で年間およそ7万2,700トンの規模で、2034年には9万7,100トン近くまで伸びると予測されています。
世界全体でも、養殖のサケ・マスは年間380万トン前後が生産されており、まさに右肩上がりです。
私が水産庁に勤めていた頃は、サーモンといえば輸入が当たり前という感覚でしたが、今は日本各地で養殖が盛んになり、「ご当地サーモン」という言葉も生まれました。
全国のブランドがしのぎを削る、空前の「ご当地サーモンブーム」とも言える状況です。

回転寿司などで食べる「サーモン」と、塩鮭やおにぎりに入っている「鮭」は、混同されやすいのですが、実は別ものと考えていただいた方がわかりやすいです。
私たちが昔から食べてきた「鮭」、いわゆるシャケは、太平洋でとれる白鮭などの天然の鮭で、いまブームになっている養殖サーモンとは若干異なります。
なぜ「サーモン」と呼んでいるかですが、いわゆる「鮭」(サケ)の英語をSalmon(サーモン)ということから、養殖されたサケ科魚類のことを総称して「養殖サーモン」と読んでいるのです。
そして後述のとおり日本で養殖されている「サーモン」の多くはニジマスです。
その他、ギンザケやサクラマスなどの養殖も総称して養殖サーモンと呼ばれています。
また、一方で、お寿司やお刺身で食べる「サーモン」の多くは、ノルウェーから輸入される「ノルウェーサーモン」は、大西洋に生息する「タイセイヨウサケ」(アトランティックサーモン)で、これもまた種類が違いますし、チリから輸入されているサーモンの多くはギンザケで、日本の水産会社が持ち込んだのが始まりと言われています。
いずれにせよ、養殖されたサケ科魚類を総称して養殖サーモンと呼んでいます。
すなわち、シャケもニジマスもギンザケもアトランティックサーモンも、生物としては近い仲間ですが、産地も育ち方も違う、いわば別ものです。
昔の日本では、鮭は生で食べる魚ではありませんでした。
塩焼きや塩鮭にして、必ず火を通して食べる魚だったのです。
理由のひとつが寄生虫で、天然の鮭にはアニサキスという寄生虫が身の部分にもいることがあり、生で食べるとお腹を壊す危険がありました。
そのため、日本では「鮭は加熱して食べるもの」というのが常識でした。
では、なぜ今はこれほどサーモンを生で食べるようになったのでしょうか。
きっかけは、ノルウェーの国家的な売り込みでした。
ノルウェーは1960年代の終わりから70年代にかけてサーモンの養殖を始め、その輸出先として、生の魚をよく食べる日本に目をつけました。
そして1985年ごろから「プロジェクト・ジャパン」という売り込み作戦を始めます。
このとき非常に賢かったのが、「鮭」とは呼ばずに、あえて「サーモン」という新しい名前で広めたことです。
火を通す「鮭」とは別の、生で食べられる魚だというイメージを打ち出したのです。
養殖ものは餌や環境が管理されているため寄生虫のリスクが低く、生食に向いています。
だからこそ「サーモン」として売り込み、これが見事に当たりました。

そして決定的だったのが、回転寿司への登場です。
1992年、ノルウェーサーモンが育ちすぎて供給過多になってしまい、「7,000トン分を提供するので回転寿司で使ってもらえないか」と日本の企業に持ちかけました。
回転寿司では、お子さんが自分でお皿を選びます。
きれいなオレンジ色で、身が柔らかく、クセがなくて食べやすいサーモンは、世代を超えて広まっていきました。
サーモンのお寿司が生まれて、昨年でちょうど40年という節目となりましたが、今ではサーモンは回転寿司で一番人気のネタとも言われています。

「ご当地サーモン」とは、文字どおり日本各地で養殖されたブランドサーモンのことです。
かつては輸入が大半でしたが、今は北海道から九州まで、全国でサーモンの養殖が行われています。
業界紙の調査では、2026年4月時点で全国に112ものブランドがあり、毎年どんどん増えている状況です。

育てられているのは主に、ニジマス(いわゆるトラウトサーモンとも呼んでいます)、ギンザケ、サクラマス、そしてアトランティックサーモンの4種類が中心です。
北海道では、白老や上川町の内水面で養殖される「薬膳サーモン」というニジマスが話題で、水産経済新聞や日経新聞にも取り上げられていました。
実は、北海道内だけでも約10種類以上のご当地サーモンがあります。
知内町、津軽海峡に面した町では「知内サーモン」というサーモントラウトを養殖しており、これが北海道では唯一、港湾内ではなく外海で養殖をしているのが特徴です。
道内のほかの海で行っている養殖は、多くの場合港の中で行いますが、知内は外海で潮の流れが速いところで育てるため、身が引き締まると評判です。
昨年は1匹平均3.5キロほどのものが150トンも水揚げされ、なかには5キロを超える大物もいたそうです。
海でとれる魚というイメージのサーモンですが、長野や山梨のように海のない県でも、川の水や湧き水を使って立派なご当地サーモンを育てています。
それぞれ餌や育て方を工夫しており、脂ののりや身の締まり方に個性があります。

国産のご当地サーモンは、とにかく鮮度が良いのが強みです。
輸入ものは空輸や船便で時間がかかりますが、国産は水揚げしてすぐ食卓に届けられます。
脂ののりも餌の工夫でしっかり出せますし、産地によっては、りんごやお米、地元の特産品を餌に混ぜて風味に個性を出しているところもあります。

ひとつは「海面養殖」で、海の上に網で囲った生け簀を浮かべ、その中で育てる方法です。
サーモンの海面養殖では、8メートルから10メートル四方ほどの網の生け簀を使う「小割式」というやり方が主流で、常に海水が流れているため酸素も豊富で、効率よく育てられます。
いわゆるサーモンというサケ科魚類は冷たい水を好む魚なので、卵から産卵させた10月頃から11~12月くらいまでは山間部や湧き水の冷水である程度大きくしたのちに、冬から春にかけて海の生簀に移して育てて、初夏に水揚げするというサイクルになっています。
四国などの南部では5月には出荷するようです。
他にも、本州や九州の山間地や湧水地、あるいは北海道の内陸でも行われている「内水面養殖」があります。
これは川の水や湧水を利用して、ずっと淡水で養殖するもので、ニジマスやヤマメが養殖されることが多くなっています。
これに加えていま非常に注目されているのが「陸上養殖」です。
これは海ではなく、陸地に大きな水槽を作って、そのなかで育てる方法です。
水をろ過して循環させながら使う「閉鎖循環式」という技術が進んできて、大手の商社やベンチャー企業も次々に参入しています。
陸上養殖は天候や海水温に左右されにくく、年間を通して安定して出荷できますし、寄生虫や病気のリスクも管理しやすいという特徴があります。
前回お話ししたウナギの完全養殖もそうですが、日本の養殖技術は、この「陸上で、人の手で、安定的に」という方向にどんどん進んでいます。

海で養殖をする場合、「漁業法」という法律が関わってきます。
海はみんなのものですから、好きな場所で勝手に生け簀を浮かべて養殖していいわけではありません。
一定の区域で特定の漁業を独占的に営む「漁業権」が必要になります。
漁業権には定置漁業権、区画漁業権、共同漁業権の3種類がありますが、サーモンのような魚の養殖は、このうちの「区画漁業権」に当たります。
区画漁業権を持っていないと、その海域で養殖はできません。
これは、都道府県知事の免許という形で与えられます。
この漁業法は、2018年(平成30年)に70年ぶりという大改正があり、令和2年12月から施行されています。
この改正の大きな狙いのひとつが、まさに「養殖を成長産業にする」ことでした。
これまでは、漁業権は地元の漁業協同組合などに優先的に免許される仕組みになっていました。
これは地域の漁業を守る大切な制度ですが、一方で、使われずに眠っている漁場があっても、新しく企業が入って養殖を始めるのが難しいという面もありました。
そこで改正後は、漁場をきちんと有効に使っている人には引き続き優先して免許する一方で、活用されていない海域については、企業など新しい担い手も参入しやすくなりました。
逆に、免許を受けたのに漁場をうまく使えていない場合には、漁業権が取り消されることもあり得ます。
「海をしっかり活かして使いましょう」という方向に舵を切ったわけです。
これによって企業の参入が増え、ご当地サーモンのような新しい養殖ビジネスが広がる後押しになっています。

先ほどお話しした陸上養殖は、実は漁業法の対象外です。
漁業法が関わるのは海と、川や湖といった「内水面」ですが、陸地に作った水槽は法律上それに当たりません。
そのため、海のように漁業権を取る必要がないのです。
これが、陸上養殖は新規参入しやすいと言われる理由のひとつでもあります。
ただし、まったくの野放しというわけではありません。
これまではルールがありませんでしたが、令和5年(2023年)4月1日から、陸上養殖を事業として行う場合には、行政への「届出」が義務づけられました。
どこで、どんな魚を、どれくらい育てているのかを、国がきちんと把握できるようにしたのです。
また、漁業法とは関連がありませんが、陸上養殖のための取水や排水については、水質汚濁防止法や水利権の問題など別の規制等に気を付ける必要があります。
それ以外にも、令和8年4月1日に施行された改正「水産流通適正化法」も関わってきます。
これは、違法に採捕された魚が市場に出回るのを防ぐための法律で、取引記録の作成・保存や、適法に採捕されたものであることを証明する書類の添付が義務付けられています。
すべての養殖魚が対象というわけではありませんが、アワビ・ナマコ、太平洋クロマグロ、ウナギの稚魚が対象となっています。
養殖業に新たに参入したいという事業者の方もいらっしゃるかもしれません。
ただ、漁業権の取得には地元の漁業協同組合との調整も必要ですし、食品衛生法や飼料の安全性に関するルールなど、様々な規制が関係してきます。
昔は漁業協同組合員が優先的に区画漁業権を得ていましたが、現在は民間企業も取得しやすくなっています。
また、IoTやAIを活用した「スマート養殖」「DX化」なども話題です。
養殖業は成長産業ですし、水産業に関心が高まるのは私としてもとてもうれしいことです。

養殖というと、ただ魚を育てているだけのように見えますが、実際には漁業法をはじめ、食の安全や環境に関わる様々な法律やルールの上で成り立っている産業です。
日本は昔から魚をたくさん食べてきた国ですが、天然の資源には限りがあります。
これからは「育てて、いただく」という養殖が、ますます大事になっていくと思います。
法律やルールも、養殖業を成長させる方向に少しずつ変わってきています。
みなさんも回転寿司でサーモンを食べるとき、「これはどこのご当地サーモンかな」「どうやって育てられたのかな」と、ちょっと思いを巡らせてみると、また違った味わいになるかもしれません。
▼参考
水産政策の改革について|水産庁
漁業権について|水産庁
漁業権について|九州漁業調整事務所|水産庁
陸上養殖業の届出について|水産庁
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