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ビッグモーター除草剤散布事件の法的責任について

『コトニ弁護士カフェ』2023年8月25日放送分

2023年7月,中古車販売会社であるビッグモーターの自動車修理に関する保険金の水増し請求事件が明るみになり,驚いた方は多いのではないでしょうか。
さらに,ビッグモーターによる除草剤の散布に関連する事件も発覚しました。
公共の樹木を意図的に傷つける行為は、法的には「器物損壊罪」とされます。
今回は、ビッグモーターの除草剤散布事件における法的責任について詳しく解説いたします。

ビッグモーターの除草剤散布事件とは

2023年7月25日,ビッグモーター側は記者会見の際,マスコミからビッグモーターの店舗の前の街路樹が枯れる問題について問われると「環境整備のため」という理由で除草剤を撒いてしまったと事実を認めました。
その後,神奈川県内の2店舗で除草剤をまき,これとは別に川崎市内の1店舗で街路樹を伐採したという報告があったとの報道がありました。
大阪府や群馬県の店舗でも除草剤を散布したとの報告があがったり,石川県の「ビッグモーター イオンモールかほく店」の店舗前の植栽帯が,コンクリートで舗装されていたりと,多くの店舗で事実関係が明らかになってきています。
7月末時点での調査の結果では,18都道府県の39店舗で,街路樹の土壌から除草剤の成分が見つかったことがわかっています。
8月に入ってからも,東京都では特に街路樹の異常が見られなかったビッグモーター店舗前の街路樹の土壌についても調査したところ,異常がなかった店舗前の土壌からも除草剤の成分が検出されたとの報道もありました。
ビッグモーター側は「環境整備のため」「ちょっと甘い認識で除草剤をまいてしまった」などと発言し,大きな問題となっているのです。

公共の樹木に除草剤を散布した場合の法的措置

ビッグモーターの除草剤散布の実態を知り,いくつかの自治体はすでに被害届を提出しているようです。
なかでも,石川県ではイオンモール側が法的措置を検討しているとの報道がありました。
まず,街路樹などの樹木のほとんどには管理者がいます。
県や市であったり,企業であったり,または一般の方であったりとさまざまですが,こういった樹木を傷付けてしまう行為は,刑法261条の器物損壊罪に該当します。

前三条に規定するもののほか,他人の物を損壊し,又は傷害した者は,3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

刑法261条:器物損壊罪等

要するに,器物損壊罪とは,他人の所有物を傷つけるなどにより損壊する行為であり,その場合3年以下の懲役または30万円以下の罰金若しくは科料に処される犯罪行為です。
そして,器物損壊行為は物理的に損壊する行為だけでなく、本来の目的では使えなくする行為も含みます。

以前もお花見のお話しで公園の木の枝を折る行為も器物損壊罪になることをお話ししました。
今回のビッグモーターの事件では,除草剤をまくことで,木が枯れて街路樹としての役割を果たせなくなることから,街路樹の本来の目的を害しています。
それだけでなく,県や市の管理下にある樹木を切り倒すなどして傷付けてしまったというのは器物損壊罪という立派な罪となるのです。

器物損壊罪には時効がある?

器物損壊罪などの長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については公訴時効の期間は基本的に3年と定められています。
そこで注意しておきたいのは,器物損壊罪は親告罪(※)にあたり,告訴がない場合は刑事責任を問えない場合もあるということです。
(※親告罪とは,被害者による告訴がないと起訴できない罪)

親告罪の場合,たとえ公訴時効内であっても,犯人を知った日から6か月を経過したときは、告訴をすることができないのです。(刑事訴訟法第235条)

そのため,器物損壊罪の場合,犯人を知った時から6ヶ月以内に告訴をしなければ,起訴することが出来なくなり,犯罪として処罰することが出来なくなります。

刑事責任はどこにある?

器物損壊罪は自然人のみに成立する犯罪ですので,原則として法人は刑事責任に問えないことになっています。
器物損壊罪はいわゆる故意犯なので,まずは除草剤をまいた従業員本人にその樹木を枯らしたり切ったりして損壊する意思があったかどうかが問題となります。

そのため,そのような意図せずに行ったいわゆる過失によるものであれば,刑事責任を問うことができません。
要するに,「ここの木を除草剤で枯らしてしまおう」という意思の証明が必要なのです。

さらに,除草剤を撒いた従業員にとどまらず経営陣の責任を問う場合,「除草剤をまいて街路樹を枯らしなさい」という業務上の指示があったこと,すなわち経営陣について「除草剤で街路樹を枯らしてしまおう」という意思を立証できなければ「除草剤をまくことまでは指示したが,街路樹まで枯らすつもりはなかった。枯れたのは過失である」という言い逃れができてしまう可能性があるのです。

立証の方法:事実を裏付ける間接的な証拠でも立証は可能

今回は1店舗だけでなく,複数の店舗前の街路樹の土壌から除草剤が検出されていることから,いち従業員やいち店舗の管理者の判断ではなく,会社全体として組織的な指示があった可能性が高いことがわかります。
とはいえ,「街路樹を枯らそう」という意思まで立証できるかどうかは別問題ということです。
そのためには,そのような指示について文書や録音があるなど,いわゆる直接証拠があれば理想ですが,直接証拠が無くても,そのような会社の経営陣の意思を間接的に裏付けるような証拠,例えば除草剤を撒く季節や量,除草の程度による賞罰の有無,除草剤の購入者が個人ではなく店舗かどうか,除草作業に対する店舗の関与状況などの事実を積み重ねることによって立証することも可能です。

民事責任 民法上の「不法行為」として責任追及可能

一方で,民事では法人であるビッグモーター又は除草剤を撒いた個人,経営者個人に対して「民法709条不法行為に基づく損害賠償請求」を出来る可能性があります。

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う

民法709条:不法行為に基づく損害賠償請求

民法の不法行為責任は条文でもわかるとおり刑事と異なり過失によって除草剤を撒いて樹木を枯らせた場合にも責任を問うことはできるのですが,本件の場合は被害にあった樹木の所有者又は樹木が植えてある土地の所有者によって訴えを起こす必要があります。
不法行為に対する損害賠償の場合,その不法行為により樹木の所有者又は土地の所有者が被った損害を積み重ねることにより請求額が決まります。

たとえば,枯れた木が5本だったとすると,まずその枯れた木の現在価値を計算することになります。さらに植え替えが必要となると,枯れた古い木の根元を伐採し,新しい木を植えるのにかかった金額を積み重ねることとなります。
仮に枯れた木の価値が1本50万円,新しい苗木の価格が10万円とすると,単純には5本で300万円ですが,これに土壌調査費用や育成費用,また樹木が枯れたために精神的苦痛を受けたという慰謝料などを上乗せするとさらに増額の請求となるかもしれません。
これに加えて,土壌に除草剤が撒かれたために土壌が汚染されてしまった場合は,土壌の浄化や入れ替えなどが必要となってきますから,その土地の所有者から土壌の浄化又は入れ替えに要した費用も請求されることになります。
例えば,群馬県太田市のケースでは群馬県はビッグモーターに対して400万円の請求をするという報道があります。
そうなるとビッグモーター全国30以上の店舗のケースについて同じような訴えがあれば,数千万円以上場合によっては数億円の賠償額となる可能性もあります。

デベロッパーの企業理念に反すれば損害賠償請求も

除草剤散布だけでなく,石川県の店舗の敷地内の樹木がコンクリートで舗装されていたことが,8月3日にイオン株式会社とイオンリテール株式会社が公式サイトで公表しました。
イオンといえば,1991年から植樹活動を行っている企業として知られています。
こういったイオンの企業理念に反している行為をされてしまったということは,損害賠償額がさらに上乗せされてしまう可能性があるでしょう。
不法行為に基づく損害賠償請求については,仮に植栽を管理していた人が周辺住民だったり,除草剤の影響が近隣に及ぼしていたりした場合は当該周辺住民から請求ができる可能性はあります。

因果関係の立証の必要性
民事で請求する場合でも難しいところもあります。
それは因果関係の立証です。
民法の不法行為に基づく損害賠償を請求をする場合は,立証責任は損害賠償を請求する側になります。そのため,この場合についても損害賠償を請求する側がビッグモーターが除草剤を撒いたという事実,故意又は過失の立証に加えて,「ビッグモーターの除草剤で枯れた」とする因果関係を証明する必要があります。
今回の事件ではビッグモーター側が「店の清掃活動の際に使用した除草剤などの影響で枯れた可能性が高い」と因果関係を認め謝罪するに至っており,仮に訴訟提起をされた場合にも,ビッグモーター側がこの立場を変えることがなければ,請求者による因果関係の立証は難しく無いかもしれません。

さまざまな観点で判断が難しいところではありますが,今回の騒動が収束するにはまだ少し時間がかかるかもしれません。

ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
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隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
身近な法律のお話から国際問題・時事問題,環境や海洋のお話まで,様々なテーマで約15分間トークしています。
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