2021年5月末、北海道でロシア船との事件が続いて起こりました。
ひとつは5月26日、紋別沖で毛ガニ漁をしていた漁船が紋別港に向かっていたロシアのカニ運搬船と衝突した事故です。この衝突で漁船は転覆し、乗組員3名がお亡くなりになるという大変悲しい事故でした。
また、5月28日に稚内の底引網漁の漁船が沖合でロシアの国境警備局に拿捕された事件がありました。
外国船との事故や事件の特徴、法的責任の所在などについて国際問題に詳しい長友弁護士が解説いたします。
数年前に北朝鮮の漁船が北海道に漂着する事件が相次いで起こりました。
朽ち果てた木造船だけが流れ着くケースや、人が乗っており保護されたケース、さらには漂着した船から降りた人たちが窃盗などの犯罪を犯したケースもありました。
当時、外国人の日本での犯罪についての管轄や、成立する犯罪、放置された漁船の処理などについて、特に国交のない北朝鮮の場合はどうなるのか?
いくつかのテレビの取材に国際弁護士という立場で回答したのを覚えております。
まずは本当に、亡くなった乗組員の皆さんにご冥福をお祈りします。
まだ30代という若い方もいらっしゃって、本当に痛ましい事故です。
海上保安部の調べによると、その時は霧がかかって視界が悪かったようですが、船長がレーダーを確認しようとしたところ、すでにすぐ横に船が近づいていて、直後にもう衝突してしまったということです。
ロシアの運搬船側の責任者が、レーダーが正常に機能していたのに避けられなかった、視界が悪いにもかかわらず警笛を鳴らさなかったなど、注意が足りなかったということで業務上過失致死などの疑いで先日逮捕されました。
そして、日本の漁船のほうの船長も同じく注意義務を怠ったということで、業務上過失致死及び業務上過失往来危険で書類送検されています。
この事故は、ロシアの船が横から突っ込んできているので、一方的にロシア船が悪いんじゃないかと思う方もいらっしゃると思うのですが、当時は霧が濃く、現場付近に濃霧注意報が出ていたそうです。
そんな中で「レーダーを見た時にはもう船が来ていて遅かった」という状況だったわけですが、本来は濃霧注意報が出ているときは、周囲への注意義務があるのです。
すぐ横に突っ込んでくるまで気がつかなかったということが、業務上の過失という判断になってしまいます。
海上の船の事故とはいえ、陸上の交通事故と同じようにまずは考えないといけない部分があります。
海の上には「航路」といいまして、陸上の道路のようなものがあり、タンカーや貨物船などは、原則として航路上を航行する義務があるのです。
そして、船舶が使う地図には、通常の地図とは異なる「海図」というものががあり、海図には航路が記載されているほか、沿岸の定置網などの漁業具の設置状況や浅瀬の有無、危険な地域の有無などが記載されています。
船舶の船長はこの海図をもとに、安全な航行をすることになっているのです。
さらに、目の前に船が現れた時の避け方や航行の優先順位、霧が濃い場合の注意義務などがあり、警笛を鳴らして警告をするなどルールがあります。
今回の紋別沖の衝突事故のケースでは、ロシアのカニ運搬船が通常の航路以外のルートを通っていたことが一番大きな原因であると言われています。
一方、当日は霧が深く濃霧注意報が出ていたにもかかわらず、ロシア船も日本の漁船も霧笛などで警告をしていなかった点も指摘されています。
そのような諸々の事情を鑑みて、どちらに過失があるかを判断することになります。
ただ、今回のケースでは、日本の漁船の方の過失が大きくなることは無いと私は考えます。
刑事責任と民事責任について:乗組員への賠償問題
今回、日本の毛ガニ漁船の船長さんはすでに書類送検されており、これから刑事裁判へと移行するでしょう。
ただし、刑事事件はあくまで刑罰を課すものですから、賠償金の問題にはならないので、亡くなった乗組員の皆さんの遺族の方々に対する賠償金等は、民事の問題ということになります。
国内の船同士の場合は、陸上の自動車の事故と同じように、保険に入っていれば裁判をするまでもなく保険会社で対応してもらうことがほとんどになります。
ただし、外国の船が相手の場合は簡単にはいきません。
外国の船が日本国内に入港する場合、油濁損害賠償保障法とうい法律に基づき、原則として100トン以上の船はPI(ピーアイ)保険という保険に加入する義務があります。
1997年に石川県沖の日本海でロシアのナホトカ号という船が座礁した際、原油が流出して沿岸に大被害をもたらした事件がありましたが、これをひとつのきっかけに、2004年4月に法律が改定され、2005年3月からこのPI保険の加入が義務づけられるようようになりました。
PI保険で損害を補償してもらうには、原則として相手方の保険会社から「保証状」というものを発行してもらう必要があります。
しかし、保険会社もそう簡単に保証状を発行してくれませんので、通常は裁判所に申立てを行い事故を起こした船の船舶国籍証明書等を取り上げるなどして船の差押えをして、それと引き換えに保証状を発行してもらうという方法を取るケースも多いです。
今回の紋別の事件でも、衝突したロシア船はすでに差押えされました。
この船は662トンありますので、原則としてPI保険に加入していないといけないはずですが、実際にこの船がPI保険に加入していたかどうかは今のところわかっていません。
仮に入っていなかった場合、保険で補償をしてもらえない可能性が出てきます。
船舶油濁損害賠償保障法第六十七条によると、日本に入港しようとする100トン以上の船舶がPI保険加入義務を怠っていた場合、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金が科されるとされています。
参考:国土交通省「外国船舶へのPI保険加入義務付けについて」
https://www.mlit.go.jp/maritime/insurance_portal.htm
5月28日、稚内沖で漁船がロシアの国境警備局に拿捕された事件ですが、こちらはすでに乗組員14名を乗せた船は、6月11日に無事に帰港しております。
拿捕されてしまった原因としては、漁船がロシアの排他的経済水域に無許可で侵入したと主張していますが、日本側は、日本の排他的経済水域内で操業していたことを訴えています。
ただし、今回は早期解決と乗組員の無事を優先し、ロシア側から科された600万ルーブル、日本円でおよそ900万円の罰金を支払うことで解放されました。
ロシア側は当初、裁判を起こすと言っていたのですが、日本側が罰金をすぐに納付したので、これはもう解決済みということになります。
ただし、日本が主張しているように本当にロシアの排他的経済水域に入っていなかった、これはロシア側の言いがかりだ、というのがもしも事実であれば、900万円もの罰金を支払わなくてもいいのではないかと思われるでしょう。
しかし、一度拿捕されて連行されてしまった以上、一刻も早い解決と14名の無事を最優先し、裁判などになって長期化して揉めるよりも、罰金を払って解決してしまおうという決断になったのかなと私個人的には思います。
本の漁師さんたちがサハリンから無事に帰国したことは本当にホッとしたのですが、納得がいかない部分も少し残る事件です。
船同士の事件や事故、特にどちらか一方が外国籍の船の場合は、刑事責任や民事の損害賠償など、なかなか対応が難しいケースも多々あります。
船舶の差押えや保証状の発行、損害の賠償については、複雑な手続きを迅速に行う必要性がありますので、外国船との事故やトラブルが発生した場合は、専門の弁護士にすぐに相談することをお勧めいたします。
もちろん当事務所でも海事弁護士・一級海技士と協力して対応しておりますので、ご相談ください。
農林水産案件について|弁護士法人T&N長友国際法律事務所
いずれの事件もまた進捗がありましたら、ラジオでご紹介したいと思っております。
『コトニ弁護士カフェ』次回の長友隆典弁護士の担当回は, 2021年7月2日放送です!
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