
太平洋戦争中、日米の激戦地となり、多くの兵士が命を落としたといわれるパラオのペリリュー島。
2026年4月、北海道議会議員の方々とともに、その島で執り行われた慰霊祭に参列する機会をいただきました。
戦車の残骸、爆撃の跡、そして防空壕などを見て感じた平和への想いをお伝えしたいと思います。
4月8日から12日まで、パラオに行っていました。
今回は、北海道議会議員の方々にお声がけいただき、一緒に訪問することになりました。
私自身にとって初めてのパラオ訪問だったのですが、実は過去にはパラオとの個人的なご縁がありました。
私が水産庁に勤務していた時代に、捕鯨関係の仕事で、パラオの初代大統領クニオ・ナカムラ大統領とご一緒する機会がありました。
そのようなご縁もあり、今回の訪問は特別な思いがありました。

今回の訪問の目的は、ペリリュー島での慰霊祭への参列です。
ペリリュー島は太平洋戦争中に激しい戦闘があった場所で、オレンジビーチと呼ばれる場所での戦いでは、米兵1000人、日本兵11000人近くが亡くなったという記録があります。
戦後70年にあたる2015年には、4月8日から9日にかけて、天皇皇后両陛下が慰霊と平和祈念のためにペリリュー島を訪問されました。
それ以来、ペリリュー島では4月9日を「天皇皇后両陛下ご訪問の日」として祝日に制定しており、今回はそれに合わせての訪問となりました。

慰霊祭は4月9日の午前中、ペリリュー島の慰霊碑前で執り行われました。
北海道から宮司さんがお見えになり、祭事のための道具も全て持ち込んで、宮司さんも正装、私たちも正装で、全て正式かつ厳粛に執り行いました。
祈祷の後、参列者全員が玉串を捧げました。
ペリリュー島は、パラオの南西部に位置する島で、人口400から500人ほどの小さな島。主な産業はタロイモの栽培と漁業、そして観光業です。
船で港に着くと、日本語で「ペリリューへようこそ」「またおこしください」という看板があり、ダイビングのメッカとして密かに有名な場所でもあります。
第二次世界大戦中は、日本軍の基地として飛行場や司令部が置かれていた島で、島のいたるところに当時使用された戦車などが残されています。



旧日本軍の九五式軽戦車が道路わきで草木に覆われていたり、林の中にゼロ戦の残骸が埋もれていたりします。
神社もありましたし、爆撃を受けた旧日本軍の施設やパイナップル工場の跡なども見学しました。

コンクリートの司令部には砲弾で壊れた跡がそのまま残っていました。展望台に登るまでの道にも弾などが落ちており、日本軍が籠城した防空壕にも入りましたが、当時の防空壕の穴がそのまま残っていました。
ペリリュー島には川も湖もなく、本当に暑い中で、多くの方が防空壕の中で耐え忍んで国のために戦われ、亡くなられていきました。
終戦が過ぎても数年間、その防空壕の中でまだ戦争が終わっていないと信じて耐えていらっしゃった方もいたそうです。
そのような先人たちの苦難を思うと、畏敬の念とともに、平和の大切さをひしひしと感じざるを得ませんでした。

2025年9月に「日本パラオ北海道議会議員懇話会」、いわゆる「パラオ議連」が設立され、今回はその議連のメンバーの方々と一緒に訪問しました。
天皇陛下のパラオ訪問10年を機に設立された組織で、北海道とパラオの友好関係をさらに深めていくことを目的としています。
北海道議会議員の方々は、自民党から立憲民主党、共産党まで党派を問わず参加されており、私のような一般の方も多く参列されていました。
道議会議員の皆様は、北海道の代表として島内の視察と慰霊祭への参列のほか、パラオ州知事との食事会や、ウィップス大統領への表敬挨拶もされていたようです。
実はパラオと日本の縁は非常に深いものがあります。
日本統治時代には多くの日本人が移住していましたが、特に北海道からの入植者が多かったことが記録に残っています。
パラオのバベルダオブ島には「朝日村」という集落があり、この名前は北海道の旭川市から入植した人々が多かったことに由来すると言われています。「旭」を転じて「朝日」、朝日の昇るようにとの意味も込めて名付けられたそうで、1940年には113世帯、705人が暮らす集落となり、パイナップルの缶詰工場もあり、にぎわっていたようです。
近年では、2016年12月に当時のレメンゲサウ大統領が、パラオと札幌市の高校生交流を促進するために北海学園札幌高校を訪問し、秋元札幌市長に会いに札幌市役所にも来てくださったこともありました。
現在も北海道とパラオは様々な形で交流を続けており、札幌医科大学がパラオの医師を受け入れて研修を実施したり、北海道の水産高校の練習船がパラオに毎年寄港したり、北海道の高校とパラオの高校が英語の授業でオンライン交流を行ったりしています。
みなさんは『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』という漫画をご存知でしょうか。
漫画家・武田一義さんの作品で、終戦80年の節目にあたる2025年には映画が公開され、大きな話題になりました。
作者の武田さんが天皇陛下のペリリュー訪問のニュースを見て、初めてペリリュー島を知り、そこから取材を重ねてこの作品が生まれたそうです。
主人公は漫画家志望の日本兵の若者で、戦場の様子を手紙として書き記す「功績係」という役割を担っています。
主人公の声を担当した声優の板垣李光人(いたがきりひと)さんは、実際にペリリュー島を訪れ、「教科書やテレビ、ネットからは感じることのできない、まさしくここで苛烈な戦いが繰り広げられ、たくさんの人が命を落とされたのだと実感した」と話しています。
私が今回の慰霊祭に参加するきっかけのひとつも、この漫画を読んだことでした。
初めて読んだとき、これが実話をもとにしていると思うと、読みながら涙が出てきたのを覚えています。
ペリリュー島の地に実際に立ち、戦車や戦闘機の残骸、爆撃の跡を目の前にすると、なんとも言えない苦しい気持ちになりました。
「歴史を認識し、お互いに尊重することが平和につながる」とパラオ大統領もおっしゃっていた通り、過去を見つめて終わりではなく、そこから多くの人が平和について考えるきっかけになればと思います。
漫画や映画を通じて若い世代がペリリュー島の歴史に関心を持ち、現地を訪れる人が増えることは、とても大切なことだと感じています。パラオと北海道の関係も、昨年のパラオ議連の設立を機に、今後さらに深まっていくことを期待しています。
パラオ視察について、今回ご一緒させていただいた道議会議員ふちがみ綾子先生のブログでも詳しくご報告されていますので、ぜひ読んでみてください。
パラオ視察報告 1~2日目|ふちがみ綾子 北海道議会議員 公式ウェブサイト
▼参考
外務省|北海道議会パラオ懇話会の当地訪問
秋元克広 公式サイト|あきもとニュース
外務省|日本統治時代の日本人集落(清水村他)その2
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