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ニセコ町の水源を巡る土地問題について

『コトニ弁護士カフェ』2025年11月7日放送分

北海道のニセコ町では、”水源地を巡る土地問題”が話題になっています。

ニセコといえば、世界的にも有名なスキーリゾートとして知られていますが、町の大切な「水源」を守るために購入した土地をめぐって、町が裁判で敗訴するという事態が起きています。

今回は、ニセコ町の裁判を通して見えてきた「水資源と土地所有の法的課題」についてお話しします。

「土地取得は無効である」という裁判所の判断

引用:北海道ニセコ町

今回問題となっているのは、羊蹄山のふもとにある約16万3千平方メートルの森林地帯。この土地は、町の人口の約8割にあたるおよそ4,000人の飲み水を支える重要な水源地となっています。ニセコ町は2013年に水源を開発から守る目的で、この土地を約1,200万円で購入しました。

ところがその後、17年前にこの土地を所有していた山梨県の企業が、「自分たちの知らないうちに第三者に無断で売買された」と主張し、町を相手取り返還を求める訴訟を起こしたのです。

元所有者は、当時の売買が自社の承諾なしに行われたとして、契約そのものに不正があったことを訴えました。

この土地は、その訴えを起こした山梨県の企業からいくつかの企業へと複数回所有が移転しており、その最初の段階で”正当な売買が行われていなかった”と裁判所が判断したとみられています。

最初の売買が無効とされれば、そのあとのすべての取引も無効になるというのが日本の民法の原則なので、ニセコ町が購入した取引も無効である、ということになるのです。

一審の札幌地裁は元所有者の主張を一部認め、ニセコ町に対して土地の返還を命じる判決を下しました。

ニセコ町は判決を不服とし控訴。原告側からは”5億円で買い戻す”という和解案も出されましたが、もともと1,200万円で取得した土地ですから、5億円という額はニセコ町にとっては現実的ではないでしょう。

▼参考
産経新聞:ニセコ水源地訴訟、元土地所有者が5億円の和解案 取得額の40倍、町は「法外な条件」
産経新聞:「町民の水を守れ」北海道ニセコ町の水源ピンチ、公有地返還訴訟で自治体が異例の署名集め

「水を守りたい」22万人の署名と、今後の見通しは


ニセコ町は「町民の水を守りたい」という思いから、嘆願署名活動を始めました。オンラインで署名を募り、8月8日から25日の間に、全国からおよそ22万人分の署名が集まりました。そして9月11日、当時の町長だった片山町長が札幌高裁に署名を提出しています。
自治体が裁判所に対してこれほどの署名を集めて提出するというのは、極めて珍しいケースです。

しかしながら、署名そのものが裁判の結果に直接影響する可能性は低いといえます。そもそも裁判というのは、あくまで事実関係を認定し、それに法律を当てはめて判断を下す場ですから、世論の声にその判断が左右されることは基本的にありません。

ニセコ町では、このタイミングで16年ぶりの町長選挙があり、新人の田中健人氏が町長になったことから、今後の動向がどうなるか注目を集めています。
報道によると、10月21日札幌高裁から和解案が提示される予定だったそうですが、ニセコ町は和解ではなく弁論再開の意向を示したとのことで、次回は12月に協議の場が設けられるそうです。

▼参考
北海道新聞:ニセコ水源地訴訟 片山町長、札幌高裁に22万筆の署名提出 「水を守る思い理解して」
北海道ニセコ町:「ニセコ町水道水源を守る嘆願署名」のお願い

土地の所有=水源の所有という日本独自の法制度


実はこのニセコ町の土地返還訴訟問題は、単なる「土地の売買トラブル」という枠にとどまりません。重要なのは、ただの林野や原野ではなく「水源」がある土地だということです。

日本の民法第207条では「土地の所有権は、その土地の上下に及ぶ」と定められています。つまり、土地を買えば地上の山や森林だけでなく、地下にある水脈や鉱物も所有できるという考え方が、今回のような水資源を巡る問題を複雑にしています。

他の国を見ると水資源はイタリア、ドイツ、フランスなどでは全部、国に帰属し、公共的な用途があれば優先して使用できると定められています。一方で日本では、民法207条にある通り、土地を所有すれば、原則としてその地下の水をくみ上げて独占することも、売ることも可能です。これが、”水を守るために土地を買う”という、日本特有の仕組みを生み出しているともいえます。
(注:ただし、後述のとおり地下水の採取については自治体の条例等により一定の制限があります。)

▼参考
東京都環境局:4P目本文参考
Yahoo!ニュース:ニセコの水が危ない!?土地さえ買えば地下水の所有権も…法の穴に外資の進出、識者が危機感「日本は外国人が誰でも山林を買える世界でも珍しい国」

水循環基本法と地方条例も効力及ばず


「地下水の所有権は土地の所有権に付随する」という考え方は、時代の変化とともに課題も浮き彫りになってきました。特に企業や個人が水源地を所有すると、場合によっては地下水を大量にくみ上げたり、水の利用をめぐって周辺地域とトラブルになったりするケースもあります。

こうした背景から、国は2014年に「水循環基本法」を制定しました。これは、水を”公共の財産”として位置づけ、健全な水循環を守ることを目的とした法律なのですが、この法律は基本的なことを定めた「基本法」ですから、理念を示すにとどまり、具体的な強制力、例えば罰則規定などは設けられていません。つまり、実際の効力としてはまだ弱いのです。

そのため、自治体レベルでは独自に「水源保護条例」を定める動きが広がりました。ニセコ町も2011年に北海道内で初めて水道水源保護条例を施行していて、今回の土地もその対象エリアに含まれています。ただ、条例は法律よりも効力が弱く、罰金も最大で数十万円程度と限定的です。実際には「守りたい」という意思を示す象徴的なものにとどまっているのが現状です。

▼参考
地下水採取規制に関する条例等(環境省)

全国で進む水源地の買収

近年では、日本各地で同じような動きが起きています。企業や個人、そして外国の資本までもが、水源地を含む森林を次々と買っていて、その中には開発や伐採の結果、地下水の取水や流量などに影響が出ているところもあります。

林野庁の調べでは、外国資本が関わる森林の取得は全国47都道府県すべてで確認されていて、その面積はあわせて4,000ヘクタールを超えるそうです。買う目的もいろいろで、観光開発や再エネ事業だけじゃなく、”水がある土地は価値が高くなる”と見て投資対象にするケースもあるようです。

さらに、公益財団法人・日本安全保障戦略研究所の調査では、北海道や長野、熊本などでも水源の近くの森林が企業や外国資本に買われている事例が報告されています。報告書では「水資源や国土利用の安全保障上の観点からも、土地取引の透明性を高める仕組みづくりが必要」と指摘されています。

▼参考
公益財団法人・日本安全保障戦略研究所の報告(2021年)
農林水産省:令和6年に外国法人等により取得された森林は全国の私有林の0.003%

資源を守り、暮らしを守るために


今回のニセコ町の事例は、”水を含んだ土地の価値”が注目される一方で、法整備が追いつかず、地方自治体が独自に守るしかないという現状を象徴しています。今回の裁判の行方は、ニセコ町だけでなく、全国の自治体や水資源を抱える地域にも影響を与える可能性があります。

ニセコの水は、とてもおいしくて品質が良い水です。その恵みが町の生活を支え、観光や農業にもつながっている、つまり、水源を守るというのは単なる環境保護ではなく、地域の暮らしそのものを守る行為なのです。

水を守るためには、地下水や水源を公共の資産として保全するための法整備の強化が欠かせません。
たとえば、地下水を含む水資源については公有物とするなど、一歩踏み込んだ制度改革が求められるのではないでしょうか。

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