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2023年6月改正「入管法」が与える影響は?|国際弁護士が解説

『コトニ弁護士カフェ』2023年6月23日放送分

2023年6月9日に行われた参議院本会議で入管法の改正案が可決されました。
まだまだ多くの課題を抱えている日本の入管法ですが,今年に入ってさまざまな動きを見せています。
今回は,改正された入管法について解説します。

朱鞠内湖で釣り人が襲われた事件の概要

入管法の正式名称は「出入国管理及び難民認定法」と言い,外国人の入国や出国の管理,在留資格や難民認定の手続きなどを規定しています。
日本は難民認定手続きについて非常に厳しい国だと言われています。
以前にもお話ししたとおり,最近では2021年に取り下げられた改正案が今年に入り再び注目を集め,問題点が浮き彫りになりました。
2021年の改正案取り下げ時には,日本の難民申請の認定率が0.7%と1%以下にとどまり,他国と比べて極端に少ないことが問題視されました。
最近ではロシアとウクライナの問題があり,戦争などの理由により自国から避難せざるを得ない外国人の権利をもっとしっかりと保護すべきだという声が多方面から上がっています。
結果として取り下げられましたが,その改正案は難民の認定を受けようとする人々にとって,より困難な待遇となる可能性が高いものでした。
そこで,問題点の指摘を受けて,戦争から逃れた人たちを受け入れる「準難民」という制度を設けようとしている,というのが前回までのお話しでした。

前回のお話し→入管法改正,難民認定制度はどうなる?|国際弁護士が解説

2023年6月に可決された入管法改正案

今回の改正案の主たるポイントは,難民保護を目的としたものではなく,難民申請をしている外国人の送還停止の規定を一部変更するものだといえました。
これまでは,難民認定の手続き中は強制送還が停止されるという規定が存在していましたが,改正案では「例外」を設け,難民認定申請が3回目以降となる申請者については,送還が可能となる内容です。

■入管法改正による日本側のメリット

この送還停止規定を改正する主な目的は,不法滞在などで強制退去を命じられても送還を拒む外国人の退去手続きを進め,入管施設での長期収容を減らすことです。
日本側のメリットとしては,不法滞在や強制退去の問題に対処し,入管施設での収容期間を短縮することが挙げられます。
入管施設での長期収容問題の解消を図りたいという理解もできますが,この改正案によって「本来保護すべき難民」が送還される可能性が高まる懸念があります。

■世界的からも批判を浴びる改正内容とは

この改正案は,世界的に見ても批判を浴びる内容であると言われています。
国際的な人権基準やリスクに関する懸念が指摘されている中,政府・与党はそれにも関わらず改正案を押し切ることとなりました。
実際に,国連人権理事会の特別報告者や恣意的拘禁作業部会は,「3回目以降以上の難民申請者の送還は,生命や権利を脅かす高いリスクの可能性がある」として,この改正案が国際的な人権基準を満たしていないとの懸念を表明する書簡を日本政府に送っていました。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は,「難民条約で送還が禁止されている国への送還の可能性が高まり,好ましくない状況を引き起こす可能性がある」と指摘し,報道でもこの懸念が取り上げられています。
野党などは,日本の難民認定率の低さを理由に「本来保護すべき難民が送り返されてしまうのではないか」と再三指摘しましたが,政府の説明によって懸念が払拭されたとは言い難い状況だったと言われています。

日本の難民認定率が低い理由

日本の難民認定率が低い理由は,2010年に日本がすべての難民認定申請者に対して一律で就労を許可したことがきっかけとなっています。

当時,本当に難民生活を余儀なくされた難民だけでなく,出稼ぎを目的として難民認定を受けようとする人が急増してしまったという背景がありました。
このような偽装難民の在留を防止するために,2018年に就労許可を廃止し,難民認定の基準が厳格化されたのです。

また,日本の難民の定義が狭いことも,難民認定率の低さに関係しています。
日本が加入している難民条約の定義では,「人種,宗教,国籍,特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないか又はそれを望まない者」を難民としています。

この条約は政治亡命者を念頭に置かれており,現在のロシアとウクライナの戦争による難民には当てはまらない見方もあるのです。
そのため,日本では戦争から逃れてきた人たちを難民と認めないことがあるようです。

さらに,手続きの運用についても問題が指摘されています。
難民と認められなかった外国人の不服申し立て審査を担う「難民審査参与員」の選定について,ある参与員は年間1200件ほどを担当する一方で,他の参与員は年間数十件にとどまるなど,非常に偏りがあることも,日本の難民認定率の低さに関連しているのです。

今回の改正で何が変わるのか?

今回の改正では,難民認定基準が厳格化される一方で,人道上の危機にある人々を難民条約上の難民に準じて「補完的保護対象者」として受け入れる制度も含んでいます。
これまで日本は難民条約を厳格に解釈しているとして批判されてきましたが,先進国では難民条約に当てはまらない場合でも,身体的な脅威がある場合には難民条約を補うかたちで保護すべきだという「補完的保護」の考え方が浸透しています。
「補完的保護」の観点から受け入れ対象として想定されるのは,、ウクライナやアフガニスタン、シリアなどのように,戦争や内戦状態にある国から逃れた人々です。

日本政府は,戦地や紛争地から逃れただけでは直ちに難民条約上の難民に該当しないとの立場を取っていますが,今後は補完的保護の枠組みに含まれる可能性が高いと言われています。
したがって,今回の改正により日本の難民認定率は上昇する可能性もあると見られています。

難民の前に一人の「人」である

この改正の目的や意図について,疑問を持たれる方も多いかと思います。
法務省の説明を見ても,結局のところ,長期収容による弊害を解消するためという名目で,早急に送還することを主眼としていることが明白です。

たとえば,2021年に起こったスリランカ人のウィシュマさんの死亡事件を挙げると,彼女の長期収容も問題でしたが,収容中に非人道的な扱いが行われた点が大きな問題となりました。
確かに,長期収容によって病気になってしまったり,ハンガーストライキをしたりといった事例もあるかもしれません。
しかし,彼らには,人として適切な治療を受けたり,食事を摂取するという権利があるのです。
難民という立場にある前に,基本的人権を尊重されるべき一人の人間であることを,忘れてはいけません。

法務省のウェブサイトにも述べられているように,日本で犯罪を犯し有罪判決を受けた者が送還を拒否したり,飛行機内で暴れたりするケースもあるかもしれません。
このようなケースについては,個別の事情を考慮して対応すべきであり,一律に処理することは深刻な人権侵害につながる可能性があります。

札幌弁護士会としては,このような理由から,今回の入管法改正に対して反対声明を出すこととしています。
今後も難民問題に対する議論と対応が進められ,より包括的な保護策が構築されることを願っています。

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