前々回では,引っ越しトラブルについて,賃貸借契約を結ぶ際に気を付けることをお話ししました。
敷金は全国的には家賃の1ヶ月〜3ヶ月分であることが多いですが,北海道では1~2カ月程度が多いようです。
敷金は家賃とは異なり,保証金,つまり何かあった時の「預かり金」です。
たとえば,何らかの理由があって家賃を滞納してしまったり,退去時に原状回復に必要な費用が発生したりした際に,そこから支払われる“担保金”のような役割を持ちます。
敷金は,旧民法では法律で明記がされていなかったのですが,改正民法では敷金について新しく条文が追加され,敷金の法的性質も明確になりました。
民法 第622条の2
賃貸人は,敷金(いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において,次に掲げるときは,賃借人に対し,その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し,かつ,賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は,賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは,敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において,賃借人は,賃貸人に対し,敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
このように,敷金はあくまで預り金ですので民法622条の2の事情が無い場合は,契約終了時に全額返ってくるのが原則ですが,実際に長期間居住した部屋を退去する際に敷金が全額返ってくるケースは少ないようです。
今回は引き続き,退去時に起こりうるトラブルについて,お話しします。
そもそも,賃貸物件などのお部屋の修繕は,原則とし貸主の義務です(民法606条)。
民法 第606条
賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし,賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは,この限りでない。
2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
とはいえ,たとえば居住者が故意に壁に傷を付けてしまったり,フローリングなどにシミが染み付いてしまったりなど,通常の使用方法を超えて明らかに居住者が住んだことが原因で修理や掃除が必要な場合は,居住者が負担することになります(民法621条)。
民法 第621条
賃借人は,賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において,賃貸借が終了したときは,その損傷を原状に復する義務を負う。ただし,その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。
ただ,実際には経年劣化と思われるようなことについても居住者の負担として,敷金から引かれてしまった,敷金が戻ってこなかったというケースがとても多いので,気を付けなければなりません。
場合によっては,敷金が戻ってこないどころか,敷金では足りなかったという理由で,修繕費用を追加請求されてしまうケースもあります。
Kさんの事例です。
昔一人暮らしをしていた際に,退去時に敷金が戻ってこなかったことがありました。
入居時に壁やフローリングの傷や汚れ,凹みなどもきちんと写真に撮っておいて,退去時に管理会社にその写真をメールで送っていました。しかし,実際に退去の立ち会いに来た方には「そんなメールは見ていない」と言われてしまったそうです。
当時は今のようにスマホがなかったので,その場で写真を見せることもできず,すでに入居時からあったフローリングの凹みなどもKさんが住んだことが原因ということになってしまったようです。
結局それ以上は何も言えず,泣き寝入りしてしまったというお話しでした。
実際,そういうケースは少なくないのではないでしょうか?
もともと傷んでいたのに,クロスの張り替えやフローリングの張り替えが必要だと言われ,敷金が戻ってこなかったり,さらに原状回復費用を求められたりなどといった事例はよく耳にします。
敷金の返還を諦めないためには,「この傷や汚れはもともと付いていた」もしくは「経年劣化が原因である」と証明する必要があります。
入居時にしっかり写真を撮っておくのが有効な手段です。
また,退去時の立ち会いで,「こういった清掃と修繕が必要です」と見積もりなどの確認を求められる場合があるのですが,納得がいかない場合はその場でサインしないことも大切です。
「これは入居時からあった傷です」としっかり主張して,証拠となる写真があればそれを提出するなど,堂々と主張しても問題ありません。
たとえば壁のクロスにシミが付いてしまったとして,それが本当に一部分だとしても,貸主としては「せっかくだから全面張り替えてしまおう」と考えて,その内容で見積もりを出してくるケースもあります。
そんな場合は,少々手間はかかりますが,自分で別の業者に見積もりしてもらうという手段もあります。
仮に入居者が原因で修繕が必要になったとしても,本当に全面張り替えが必要なのか,その見積額が妥当なのか,こちらも業者に見積もったうえで,「修繕の範囲や金額に納得がいかない」と,話し合いに持ち込むことができます。
あとは,国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の内容を確認して,それを根拠に話し合いしてみてもいいと思います。
国土交通省:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
実際は,すべての貸主や管理会社が敷金を返さないというわけではなく,きちんと対応してくれる会社も当然たくさんあります。
ただし,前述のKさんの事例のように,一方的に敷金の返還を断られてしまうケースや,入居者が納得がいかずに主張をしてもなかなか話し合いが進まないケースもあるのが実情です。
そんな場合には,以下のような対処法があります。
内容証明の送付や少額訴訟は,もちろん弁護士に相談していただくのが一番ですが,ご自身で手続きすることも可能です。
裁判所:少額訴訟について
どうしても納得がいかない場合は,法的手段も検討してみましょう。
少額訴訟は60万円以下の金銭の請求に限られます。訴状を出してから1~2ヶ月以内に審理が開かれ,原則1回で判決が出ます。
「訴訟」となるとどうしても多くの方が身構えてしまうかと思いますが,こちらの主張が認められれば,すぐに敷金を取り戻すことが可能です。
実際に,少額訴訟を起こしたことで敷金の満額が返ってきたという判例もあります。
国土交通省のデータによると,平成23年と少し古いデータにはなるのですが,敷金返還請求の少額訴訟の件数は,全国で年間約2万件で,東京簡易裁判所での少額訴訟事件全体の10%が敷金返還請求事件ということで,敷金返還を求めて少額訴訟を起こすケースはとても多いということがわかります。
今はそういった情報もインターネットで入手できますし,退去時に納得がいかなかったら,泣き寝入りせずにしっかり返還を求める方が増えているのかもしれません。
前回お話ししたように,入居前に賃貸借契約を締結する際もそうなのですが,「わからない,納得がいかないことは,そのままにしない」というのがやはり大事です。
退去時に敷金を返還できないと言われてしまった際,よくわからないままそれを受け入れてしまうのではなく,『きちんと説明や根拠を求める』『自分で調べて知識を身につけて話し合えるようにしておく』『弁護士に相談する』など,積極的な態度が必要だと思います。
退去時に敷金トラブル等で困った時には,弁護士に相談して法的手段をとることも検討してみてください。
ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
毎週金曜日10時30分から三角山放送局で放送中!
隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
身近な法律のお話から国際問題・時事問題,環境や海洋のお話まで,様々なテーマで約15分間トークしています。
皆様からの身近なお悩み,ご相談などのリクエストもお待ちしております。
三角山放送局 reqest@sankakuyama.co.jp または当事務所のお問い合わせフォームでも受け付けております。