
文部科学省が主体となって実施している博士課程の学生に対する支援制度「SPRING」について、今年6月のニュースでは、学生への生活費支援の一部を今後は日本人に限定する方針が示されました。
これまでは日本人・留学生を問わず対象になっていたところ、実際には対象者の約4割が留学生で占められていたことから、「本来の趣旨は日本人学生の進学支援では」という指摘が国会などでもなされていて、今回の見直しにつながったという経緯です。
今回は、博士課程学生支援の現状と課題、そして日本人限定化についてお話しします。
▼参考
「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」による博士後期課程学生支援制度の見直しについて
SPRING制度は、正式には「次世代研究者挑戦的研究プログラム」と呼ばれていて、2021年に文部科学省がスタートさせた事業です。博士課程の学生が経済的な不安を抱えずに、研究に専念できるように設計されています。
支援内容は大きく二つに分かれています。
ひとつは「研究奨励費」と呼ばれる年間最大240万円が支給されるものです。これは学費ではなく、生活費として生活そのものを支えるための資金です。
もうひとつは研究活動を直接サポートする「研究費」で年間最大50万円が支給されます。学会発表や資料収集、海外調査などに使うことができます。
支給対象となるのは各大学や研究科が選抜する修士課程から博士後期課程に進学する優秀な人材とされています。
具体的には日本の研究力を底上げするだけの「挑戦的で将来有望な博士課程学生」を大学が責任を持って選定し、文部科学省の後押しを受ける形で支給されることになっています。
今回問題となっている支給はSPRING制度のうち生活費にあたる「研究奨励費」についてです。
年間最大240万円が支給される研究奨励費については、これまでは日本人だけでなく留学生も対象になっていました。その結果、2024年度には受給者1万564人のうち4125人、つまり約4割が留学生,さらに全体の3割にあたる2904人が中国からの留学生ということになりました。
SPRING制度には国籍要件がないため、国籍にかかわらず平等に選抜がされていることが前提になるからです。
▼参考
博士課程への生活費支援「日本人に限定・留学生は除外」が国益を損なう理由。…|東洋経済
今回の見直しでは、研究奨励費を日本人限定にする方針が示されましたが、研究費の部分については引き続き留学生も対象とされています。
文部科学省としては、「博士課程の日本人学生を増やす」という制度の趣旨を重視しつつも、日本の研究力を維持・発展させるためには留学生の研究活動も支える必要がある、という両立を図った結果だといえます。
日本には、留学生専用の支援制度がいくつかあります。
たとえば文部科学省の「MEXT奨学金」では、大学院の研究留学生は、修士・博士ともに月額14万5,000円に2〜3000円の地域加算が付与されます。いずれも学費は免除、原則として往復航空券が手当てされます。
他にも、JASSO(日本学生支援機構)の「留学生受入れ促進プログラム(文部科学省外国人留学生学習奨励費)」という制度があります。
対象は、日本の文部科学省の国費奨学金制度や、各国政府からの派遣奨学金を受けている学生ではなく、自分や家族、支援者などの資金で日本の大学等に通っている外国人留学生、いわゆる「私費外国人留学生」が対象です。
要件としては、原則として、在留資格が「留学」であること、前年度成績のGPA換算が2.30以上、他の奨学金との併給上限(月8万円以下)などの条件を満たす必要があります。
日本の大学や大学院で学んだ留学生は、卒業後どのような進路に進むのでしょうか。
日本学生支援機構JASSOの調査によれば、学部修了含む大学や大学院を修了した留学生の74.5%が日本に残って就職や進学をしており、残りの23.5%は母国へ帰国、2.0%はその他の地域へ移動したというデータがあります。
ところが、博士課程修了者に限ると事情が変わります。
博士課程を終了した留学生のうち、日本に留まったのはわずか45.5%で、半数以上は母国へ帰国する傾向が見られるようです。
それにもかかわらず、SPRING制度のような支援制度で留学生が大きな割合を占める事実は、日本の研究力を高めるという目的に即した投資といえるのか、慎重に判断すべきという議論が出てくるわけです。
▼参考
nippon.com:大学・院など修了後4分の3が日本に残る—留学生の就職・進学状況
今回SPRING制度の生活費支援を日本人限定にしてしまうと、優秀な外国人留学生が減少してしまうリスクがあります。
優秀な学生を日本に呼び込むことは、日本の研究力を高めるためにとても重要ですから、ただ支援の対象外とするのではなく、たとえば「すでに他の制度で十分な支援を受けている人は重複して受けられない」「他の制度と合わせて総額いくらまでは支援を受けられる」など、柔軟な受け皿となるような仕組みにしたほうがバランスがとれると考えます。
日本の科学力や国力が確実に下がっている現在、海外から優秀な留学生を受け入れて、国内の大学で最先端の研究をしてもらうのは不可欠です。研究成果が海外に持ち去られてしまったり、研究者が日本に居つかなかったり、そういったリスクを避けるためには、知的財産の保護を強化することでも対応できます。
海外の優秀な人材確保を念頭に、留学生の支援は今後も適切に続けていって欲しいと考えます。
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