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ALPS処理水放出による中国の対応は国際法違反に当たるのか?

『コトニ弁護士カフェ』2023年9月22日放送分

2023年8月24日午後1時,東京電力福島第一原子力発電所からALPS処理水が太平洋へ放出されました。
それにより,中国から海産物の輸入制限などといった批判を受けているようです。
今回,なぜ日本が中国からこのような批判を受けているのか,またALPS処理水の放出が行われるまでの経緯についてお話ししていきましょう。

ALPS処理水とは?

まずは、ALPS処理水について解説します。
経済産業省のWebサイトに定義されている内容によると,「ALPS処理水」とは福島原発の建屋内にある放射性物質を含む水について,トリチウム以外の放射性物質によって汚染された水を「多核種除去設備」,通称ALPSと呼ばれる装置を使用して,安全基準を達成するまで浄化した水のことです。
また,トリチウムについても,安全基準を充分に満たすために,海水で大幅に希釈されてから処理され,希釈後のトリチウムの濃度は,国の定めた安全基準の40分の1(WHOの飲料水基準の約7分の1)未満となります。
これまで浄化処理された水は放出されず,敷地内の1000基を超えるタンクに保管されてきましたが,タンク容量の限界が近づいており,これを継続すると廃炉作業に支障をきたす恐れが出てきました。
敷地内に新しいタンクを建設する余裕がなく,水を蒸発させて大気中に放出する案も検討されましたが,最終的に政府は安全性が確認されたため,海洋放出を決定しました。
この決定が今回の騒動の背景にあります。

中国が日本を批判することとなった経緯

放射性物質が含まれた汚染水と聞くと,多くの人々が懸念を抱くかもしれません。しかし,ALPS処理水は厳格な安全基準に適合し,管理の下で放出量も制御されているため,環境や人体への悪影響は考慮されていないとされています。
それなのに,なぜここまで批判されてしまうのか,その理由を振り返りましょう。

今回のALPS処理水放出に関して,2021年4月13日に当時の菅首相が「海洋放出を2年程後に開始します」と宣言していました。
このことがきっかけで,「国際的な海洋環境と食品の安全,人類の健康に関わることだ」「福島原発のトリチウムを含む廃水を海洋に排出することは,周辺国の海洋環境と公衆の健康に影響を与える」などと中国は一貫して反対を訴えていました。

そこで今回,日本政府は当初の計画通り,2年と少し経った8月末に放出したのですが,それに伴い,中国では原産地を日本とする水産物の輸入を全面的に停止すると発表しています。
中国によるALPS処理水に対する過剰な反応は,我が国の水産物の安全性について近隣地域に風評被害を引き起こすだけでなく,他の国や地域からの水産物の輸入に現実に影響を及ぼしかねない深刻な状況となっているのです。

■矛盾する中国の言動

中国が日本を批判している一方で,経済産業省の資料によれば,中国の原発からはALPS処理水よりも高濃度の処理水を積極的に海中に放出しているという事実があります。
それにも関わらず,中国のSNSなどのネット上で流布している論文で,「日本のALPS処理水は放出から1200日後,汚染物質は東方と南方に拡大し,北米とオーストラリアの海岸に到着し,北太平洋地域のほぼ全体を覆う」などと声高に発表されています。
この論文が中国の税関総署に影響を与え,2023年8月24日から,一時的に日本産の水産品の輸入を完全に禁止するという措置が発表されました。
中国の主張は,福島の処理水は事故により汚染された水であり,通常の稼働のもとで発生している中国原発からの汚染水とは異なるなどということですが,中国が福島のALPS処理水よりもはるかに高濃度かつ大量の放射性物質を放出している事実がある以上,説得力がないと言わざるをえません。

中国の過剰反応は国際法違反に値する

実は,このような一方的な輸入制限は,国際的な貿易規定である「関税および貿易に関する一般協定」(GATT)の11条と13条に違反することになります。
GATTは,自由な国際貿易を促進し,関税や貿易制約を排除することを目的として設けられた国際的な協定であり,その理念は「無差別原則」に基づいています。

この「無差別原則」には,今回問題となっているGATT13条や1条の「最恵国待遇原則」と「内国民待遇原則」という2つの原則が含まれており,特定の国同士で協定を結んで,それ以外の国を差別することのないようにという考えに加え,こちらも今回問題になっているGATT11条の「数量制限の一般的廃止の原則」及び「合法的な国内産業保護手段としての関税に係る原則」があります。

今回の中国側の対応に関して,GATT11条の「加盟国は,原則として輸出入数量制限を行なうことを禁止されている」という条項,すなわち「数量制限の一般的廃止の原則」に違反していることになります。

さらに13条の「締約国の領域の産品の輸入または他の締約国の領域に仕向けられる産品の輸出について,すべての第三国の同種の産品の輸入またはすべての第三国に仕向けられる同種の産品の輸出が同様に禁止され,または制限される場合を除くほか,いかなる禁止または制限も課してはならない」という条項,すなわち「最恵国待遇原則」にも違反しています。

■中国の国際法違反に対して日本ができること

中国が国際法に違反していることが分かったうえで日本が採るべき措置の一つは,世界貿易機関(WTO)に訴えることです。
もし中国の国際法違反がWTOに認められれば,対抗措置を講じるための法的手段が提供されます。
まずはWTOからそのような違法な貿易措置を是正するように勧告がされます。
そして,15ヶ月以内に是正がされないと,次の段階に進み,最終的には対抗措置を取ることができるようになります。
ただし,この対抗措置は侵害の程度と同等ものであるなどの条件もあります。
国際連合(国連)などの国際組織が発する警告や注意を無視し続ける場合,武力行使によって強制的に行動を停止させられる可能性もあるでしょう。
そのほか,理不尽な貿易制限措置は,日本以外の国からも「国際法を守らない国だ」というレッテルを貼られることになり,国際社会から孤立する可能性もあります。

■中国がここまで過剰反応する理由

さらにこの一件から,中国側から日本の企業などに対して嫌がらせの電話が絶えない,との報道がありました。
特定のレストランチェーンには,1000件以上の電話が寄せられたとのことです。
電話をかけてくる方々は,中国語や日本語,英語を話し,時には乱暴な言葉も言い放つそうです。

中国側がここまで過剰に反応する理由は,実は過去に「北朝鮮の核実験」という前例があるからです。
約10年前の2013年2月12日,北朝鮮が金正恩(キム・ジョンウン)政権になって初めての核実験が行われました。
北朝鮮の核実験は,中朝国境から約100kmほどしか離れていない豊渓里(プンゲリ)という実験場で行われたのですが,中国では「朝鮮の核実験を許さない!」「朝鮮への援助を停止せよ!」といったプラカードを掲げたデモが起こり,中国政府はこれらのデモを抑えるのに苦労しました。
このような事態を繰り返さないためにも,中国政府は国内での反発が高まる前に,国として日本の水産物輸入禁止という態度を示したと考えられます。

現在,中国国内では「日本からの核汚染水が流入する」という風評被害が広がり,食塩や放射能計測器の買い占めなども発生しているようです。
どのような理由があろうとも,日本に対してここまでの風評被害を与えていい理由にはなりません。
実は中国は経済的に厳しい状況にあるといわれており,国民の不満や怒りを日本に責任転嫁したいという思惑もあるのかもしれません。

中国は以前から,国内で問題が発生した場合,国外に敵をつくって国民の目をそちらに向ける政策をとってきました。
また,中国では表現の自由が制限されているため,政府都合の悪い情報はテレビやインターネットで公にされないこともあり,真実を知ることが難しい状況です。
したがって,中国国内の原発の方が大量の放射性物質を放出していることを知らないのかもしれません。
国民の怒りは日本にばかり向いていますが,国の都合による情報操作を受けず,正確な事実を知る機会が広まることを望んでいます。

ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
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隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
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