
この春から新生活が始まり,新たに学校へ通うために奨学金を受給される方も多くいらっしゃると思います。
日本学生支援機構の「令和4年度 学生生活調査」によると,令和4年度の奨学金制度の利用率は,昼間部の大学生では55%と約2人に1人,短期大学生では約6割が利用しているようです。
そこで今回は「奨学金の返済」について,制度の基本から特別措置,そして実際のトラブル事例までお話しします。
奨学金は,経済的な理由や家庭の事情で学費の支払いが困難な学生のために,学費の給付や貸与を行う制度です。
奨学金には大きく分けて「貸与型奨学金」と「給付型奨学金」があります。
さらに日本学生支援機構の貸与型奨学金には,貸与型給付金についても利子がつかない「第一種奨学金」と,利子をつけて返す「第二種奨学金」の2種類に分けられます。
給付型奨学金は,返済する必要が無い奨学金です。
たとえば,日本学生支援機構では,意欲と能力があるにも関わらず,経済的な理由により修学に極めて困難のある学生に対し,大学,短期大学及び専門学校への進学,高等専門学校の4年次への進級を断念することがないよう,進学や進級の後押しをすることを主な目的として,学資を給付する制度が用意されています。
給付型の奨学金であれば,学費の全額支給が受けられ,卒業後の返済義務がありません。貸与型奨学金についても,一般的なローンと比べて金利が低く,返済の負担が少なく済みます。
また,こういった奨学金は,日本学生支援機構の他に,国や地方自治体による公的奨学金と,学校独自や育英団体等による民間奨学金があります。
▼参考
貸与奨学金(返済必要):JASSO
給付奨学金(返済不要):JASSO
国内最大の奨学金サイト:ガクシー
貸与型奨学金の場合,奨学金を借りるのは学生本人であり,卒業後に奨学金を返還するのも借りた本人です。親が借りると勘違いされそうですが,そうではないのです。そのため,ご自身で将来の返還計画を考えて適切な貸与月額を選択し,借り過ぎないよう注意することが大事です。
また,奨学金の使い道には規定がない場合が多く,日本学生支援機構の奨学金も留学を目的にする奨学金を除いて使用用途に関する制約は設けられていません。原則としては,進学に必要な費用として使うように支給されますが,1人暮らしの家賃代,教材費としても奨学金を利用している人が多いようです。
▼参考
奨学金の種類と概要:JASSO
奨学金を借りるのは学生本人ですか?:JASSO
外国人留学生のための就活ガイド:JASSO
奨学金は何らかの理由で返還が難しい場合には,特別措置があります。
独立行政法人日本学生支援機構によると,特別措置には三種類あります。
月々の返済額を少なくする「減額返還制度」では,経済的理由により奨学金の返還が困難な方,なおかつ当初約束した割賦金を減額すれば返還可能である方を対象としています。
返還を待ってもらう「返還期限猶予」は,災害,傷病,経済困難,失業などの返還困難な事情が生じた場合に願い出ることができます。審査によって承認された期間については返還の必要がなくなり,適用期間後に返還が再開され,それに応じて返還終了年月も先送りされます。
「死亡又は精神若しくは身体の障害による返還免除」では,本人が死亡し返還ができなくなったとき,精神または身体の障害により労働能力を喪失,若しくは労働能力に高度の制限を有し,返還ができなくなったときに適用され,願出により返還未済額の全部又は一部の返還を免除することができます。
それ以外にも,文部科学省が指定する機関に就職する場合にも返済免除を受けられる場合があります。
こういった奨学金の返還の措置に関しては,必ず所定の申請を経て,審査を受ける必要があります。申請内容によって様々な書類が必要になりますので,まずはご自分が特別措置の条件に該当するかどうか確認の上,手続きを進めるといいでしょう。
▼参考
返還が難しくなった場合:JASSO
文部科学大臣の指定機関:JASSO
奨学金は就学している学生本人のために使用されるお金ですが,親が預かって管理されているご家庭もあるでしょう。残念ながら,なかには知らないうちに親が使ってしまっていたというケースも耳にします。
たとえば親の口座を奨学金の振込先として指定しており,その奨学金を親が契約している子供に無断で使用した場合,原則として「他人の財物」を横領したことになり,刑法上の横領罪にあたります。
ただし,親子は「直系血族」なので,刑が免除されてしまうのです(刑法255条,244条)。
▼ 刑法第252条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は,五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても,公務所から保管を命ぜられた場合において,これを横領した者も,前項と同様とする。
▼ 刑法第244条
配偶者,直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪,第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は,その刑を免除する。
前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。
前二項の規定は,親族でない共犯については,適用しない。
▼ 刑法第255条
第244条の規定は,この章の罪について準用する。
とはいえ,この場合でも,民事上の請求として,その奨学金を横領した親に対して損害賠償を請求することは可能です。
2025年3月,札幌市で,親が無断で借りた奨学金の返済義務を否定したという判決がありました。
札幌市の40代女性が,自分名義で借りたとされる奨学金180万円について,日本学生支援機構から未返済分と利子分の98万円の返済を求められたというものです。
女性は,自分が知らないところで両親が申し込んで使っていた,自分には返済義務がないと主張。一審では返済を命じられましたが,二審の札幌高裁では父親の証言などから,女性が関与していなかったと認め,女性の逆転勝訴となりました。
実は親が子どもに無断で奨学金を契約したことを理由に,返済義務を否定した判決は非常に珍しく,個人的にはこの判決は画期的だと思います。奨学金の返済を怠ると,学生支援機構は直接裁判をせず,債権回収業者に督促や回収を委託することもあり,スムーズに和解できなかったり,裁判にも時間がかかったりするケースもあります。
しかし,今回の判例のような事情がある場合,事実を立証できれば支払い義務を免れることができるという実例ができたので,同じように親が勝手に奨学金を借りて使い込んでいたものを,泣く泣く返済していたという方々にとっても道が開けたといっても良いでしょう。
▼参考
日本学生支援機構からの督促について(債権回収会社への委託)
子どものお金を勝手に使う親たち…奨学金を使い込み、バイト代を無心 返してもらえる?:弁護士ドットコムニュース
勝手に親が借りた奨学金、子供の返済義務を否定…異例の逆転判決で学生支援機構が敗訴:読売新聞オンライン
今は18歳から成年ですし,未成年でも預金口座を作れるので,金銭の管理が難しいこともあるかもしれませんが,奨学金の振込口座は受け取る子供の口座にするというのがトラブル防止になると思います。
また,契約者が学生本人であるにも関わらず,振込先が親の口座で問題ないのか,本当に学費や学生生活のために使われているのかなど,実際のお金の行方を慎重に精査するために,奨学金制度自体の見直しも必要となってくるかもしれません。
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