ブログ

中田翔選手の暴力事件について弁護士が解説!「暴行」と「傷害」の違いは?

『コトニ弁護士カフェ』2021年9月3日放送分

8月に野球界で衝撃のニュースがありました。
元日本ハムファイターズの中田翔選手が同僚の選手に起こした暴力事件。日ハムから無期限の出場停止処分を受けた中田選手は,わずか10日後に読売ジャイアンツに移籍しました。
今回の暴力事件が法的にどのような扱いになるのか,法律的な罰則はあるのか?
そして,野球業界のルールとして選手への処分は可能なのか,解説いたします。

中田選手が起こした暴力事件について

今回の中田選手が起こした暴力事件は,どのような内容だったのでしょうか。
報道等では,試合前に同僚選手の顔を殴り,そのあと胸元も殴った。
殴られた勢いで後ろにふきとんだ選手は壁に腰を強打し,その日の試合には出られなかったとのことです。
これはもう立派な暴力です。正式には「暴行事件」と呼べるでしょう。
このニュースを受けて,ショックが大きかったファンの方も多かったのではないでしょうか。

暴行罪とは?「暴行」と「傷害」の違い

暴行事件のことを刑法では「暴行罪」といいます。
これは刑法第208条に定められており,次のようにあります。

暴行を行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは,2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

刑法第208条

傷害に至らなかったときは,暴行とあります
「暴行」と「傷害」について,相手に危害を加えることという認識専門的には「暴行の故意」と言います)は皆さんあると思うのですが,その違いはご存知でしょうか?

次に,傷害罪について見ていきます。

人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

刑法第204条

暴行罪と比べると,暴行よりもずっと刑罰が重いことがわかります。
つまり暴行よりも傷害のほうが深刻な事件であるということです。
傷害とは,人の生理機能に障害を与えること,または健康状態を不良にすること,と過去の判例で定義されています。
つまり,怪我をしたり後遺症が残ったり,身体の機能や健康状態を損なう状態になってしまうのが「傷害」です
そして,暴力を受けたものの,傷害にはならなかったとき,つまり怪我等をしなかったときは,「暴行」になります。
つまり,行為そのものというよりも,怪我をしたかしなかったか,その結果によって「傷害」か「暴行」か分かれるということです。

中田選手の暴力行為は暴行罪にならないのか?

今回の中田選手の事件は,暴力を受けた選手は試合には出られなかったものの「怪我をした」つまり「傷害」というまでには至らなかったため,「暴行」という扱いになっているといえるでしょう。

そこで,刑法の「暴行罪」の法律要件は満たすのに,刑事罰にならないのか?という疑問が浮かびます。
実際には,現実は多くの刑事事件では,殺人などの重大犯罪でない限り(*暴行が重大ではないという意味ではありません),被害者が被害届を出したり告訴をしたりして,初めて刑事事件として検察や警察が動くことになります。

今回は,日ハムという組織の中で,中田選手と被害者の方を含めてどのような話し合いがなされたのかはわかりません。
推測になりますが,チームとして中田選手に対して無期限の出場停止処分を科すということで,おそらく被害者と示談したのではないでしょうか。
そのため,刑事事件にはならなかったのでしょう。
刑事事件にならないと法的な制裁は下されませんので,各組織の判断となり,それ以上の処分はできないということです。
実際のところ,被害者の方がどう思っているのか。
中田選手自身が深く反省しているのか,二度と繰り返さない意志はあるのか。
そういった詳しいことはわかりません。
ただし,今回はこの暴力事件が起きたあと,ファンに対して詳しい説明もなくたった10日で巨人に移籍したのは,社会的にどうなのかという声もあり,31日にあらためて日ハムが謝罪文を公表しました。

日本野球機構:NPBの役割

では,野球業界として,重大な事件を起こした選手に対して処分するということはあるのでしょうか?

日本の球団は「日本野球機構:NPB」という団体が統括しています。
実はこの団体には,不祥事を起こした野球選手に対して処分を科すことができるのです。
過去には,ちょっと昔の事件ですが1969年に「黒い霧事件」という事件がありました。
いわゆる八百長と呼ばれ,金銭をもらってわざと負けるという行為をしている選手がいたことが発覚し,当時それに関わったとされる6名の選手が永久追放となっています。
また,ご存知の方もいらっしゃると思いますが,最近では2015年に賭博問題があり,3名の選手が無期失格処分となりました。
無期失格処分というのは,5年後に解除の可能性もあるそうです。
一方で,永久追放はその名の通り,二度と日本のプロ野球業界で活動できないという厳しい処分です。
ただし,例外もあります。
先ほどご紹介した1969年の黒い霧事件で永久追放となった選手の一人が,2005年に永久追放処分者に対する復権について規約が改正されたことを受け,永久追放から35年後に野球界に復帰されたという例があります。

中田選手がNPBから処分を受けないのはなぜ?

ここからは,一人の弁護士としての推測となります。
では中田選手はNPBから何らかの処分を受けないのか?という疑問が浮かびますが,理由は二つ考えられます。
まずは,刑事事件として成立していないこと。
そして,日ハムが速やかに処分をしたことです。
これについては先ほども解説した通り,組織内で当事者を含めて話し合いが行われ,刑事事件として告訴しないこと,そして日ハムは無期限の出場停止処分を科すことで,実質的に示談が成立したと考えられるからです。

暴力は許されるべきではない行為だが,更生の機会も必要

法的に罰則がないから,日ハムから厳しい処分を受けたから。
だから暴力行為が許されるのかというと,私はそうは思いません。
どんな理由であれ,そしてどんな処分を受けたとしても,暴力は絶対に許してはいけません。
子どものいじめにもつながる重大な事件です。

ただし,法や人道に則って,適切な処罰を受け,二度と繰り返さないと反省をした人に対しては,社会復帰のための更生の機会は与えられてしかるべきだと思います。

『コトニ弁護士カフェ』次回の長友隆典弁護士の担当回は, 2021年9月17日放送です!

ラジオ番組『コトニ弁護士カフェ』
毎週金曜日10時30分から三角山放送局で放送中!
隔週で長友隆典護士&アシスタントの加藤がお送りしています。
身近な法律のお話から国際問題・時事問題,環境や海洋のお話まで,様々なテーマで約15分間トークしています。
皆様からの身近なお悩み,ご相談などのリクエストもお待ちしております。
三角山放送局 reqest@sankakuyama.co.jp または当事務所のお問い合わせフォームでも受け付けております。

関連記事

  1. パワハラの定義と対処法〜証拠保全と因果関係の立証が大事
  2. 2024年“過去最多”に近づくヒグマの出没と対策
  3. 2023年6月改正「入管法」が与える影響は?|国際弁護士が解説
  4. 2020年アメリカ大統領選挙と今後の行方
  5. いま,緊急事態宣言が再発令されない理由
  6. 振り込め詐欺,もしも振り込んでしまったら?救済措置について弁護士…
  7. 街に出没するクマの増加|自治体の責任と対策について
  8. 除雪トラブルについて|民法717条1項について弁護士が解説
PAGE TOP