新型コロナの影響による在宅勤務やリモートワークの広がりとともに,契約書や請求書に印鑑を押すためだけに出社することも話題となりました。
今回は,印鑑の法的効力やハンコと契約の関係についてご説明します。
私たち日本人にとってハンコは身近であり,重要な契約の際にも必ず必要となる特別な存在でもあります。
「シャチハタ」と呼ばれる朱肉のいらないものや,認印,銀行印などハンコは広く使われています。
家を買う時などに必要な実印,仕事で使用する会社の社印や代表社印のように大きな役割を担うハンコもあります。
私たち弁護士にも「職印」があります。
弁護士として活動するには弁護士会に弁護士登録する必要がありますが,その際に「職印」も登録することになっています。
弁護士として書類を提出する時や、裁判所や弁護士会から書類を受け取る時など、必ず職印を押すルールになっています。
ハンコ文化は日本に長く広く根づいていて,私たちには「大事な書類には押すのが当たり前」という認識が染み付いています。
しかし,「ハンコを押すことが必要」と法律で定められているケースはごく一部にすぎません。
請求書や領収書などをメールでやり取りする際に,わざわざ印影のデータを画像として貼り付けた経験はありませんか?
実は,このような請求書や領収書はもちろん,原則として契約書に印鑑を押さなければならないルールはありません。
保証契約などのように一部書面での契約が必要となる契約を除き,契約書を交わさなくてもメールや口頭でのやりとりで原則として契約は成立します。
契約で一番身近なものといえば「売買契約」です。
スーパーなどのお店で買い物をする時には,わざわざ契約書を交わしません。
「私はこれを買います」
「はい売ります」
このようにお互いの意思表示が一致していれば,売買契約が成立するのです。
他にも,
「あの仕事をいくらでお願いします」
「あの商品をいくらで買うので確保しておいてください」
などと会話の中で伝えて,
「わかりました!」
と相手が返事をしたら,意思表示が一致したことになるので契約は成立します。
しかし実際には後から「言った」「言わない」などトラブルを避けるために契約書を作成することがほとんどです。
契約書の作成が難しい場合でも,メールやLINEなど記録が残る形にすることをお勧めします。
印鑑が無くても契約が成立するのに,なぜ私たちは印鑑を押すのでしょうか?
法律上,契約書を交わす時に印鑑を押すことは必須ではありませんが,印鑑を押すことで「私はこれを確認して同意しました」と証明して書類の信用性を担保することができます。
第三者がその契約書を見た時に,
「印鑑が押してあるから,ご本人がちゃんと確認したんだな」
と伝わります。
本人が作成した書類であるという証明にもなります。
民事訴訟法では「私文書は,本人又はその代理人の署名又は押印があるときは,真正に成立したものと推定する」と定められています。
「署名又は押印」という順番になっているところがポイントで,作成した人の「署名」があれば,その人の意思によって私文書が作成されたことが成立します。
現実では「印鑑がなければ署名でもOK」みたいな風潮も一部ありますが,原則は署名なのです。
「署名」さえあれば,押印がなくても本人の意思により作成された私文書として認められます。
そして「又は押印」ということで,署名でなく押印でも同じ効力を持ちます。
ただし,印鑑は他人が押すことができるので,印鑑が押されているだけでは実は本人が作成したとは証明できません。
判例では通常「自分の印鑑は自分しか使わない」「大切に保管している」という前提で,印鑑が押されていれば本人が作成したと推定されるという判決がありますが,絶対ではありません。
法律上,印鑑が必要な場合もあります。
例えば,「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」
これらの遺言書を作成する際には,印鑑を押すことが法律で定められています。
民法968条
1.自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
民法969条
中略
4.遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
5. 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
民法970条
1.秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
また,不動産を購入するような不動産登記や,会社の登記など商業登記にも必ず実印が必要です。
このように,日本に於いてはまだまだ「ハンコ文化」は根強く残っています。
リモートワークのような場所を制限しない働き方の拡大,様々な契約業務やワークフローなどのデジタル化やクラウド化に準じて,従来の文化の良い部分を大切にしながら,「脱ハンコ」による適切な業務効率化を導入していければ良いと考えます。
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