
今回は、度々ニュースでも耳にする「ALPS処理水」についてのお話しです。
ALPS処理水の処理の仕組みや安全性についてもまだ正しく知られていない現状が多いようです。
それにより、いま現場で深刻化している“風評被害”の問題、そして漁業者や地域の事業者の方々が直面している補償の課題について、私自身、水産業の現場に長く関わってきた立場から、制度の仕組みや交渉の難しさについてお話しします。

引用:経済産業省|公式X
ALPS(アルプス)とは「多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System)」の頭文字を並べた略称で、福島第一原発で発生する汚染水の中から、放射性物質を取り除くための浄化設備です。
ALPSを通して大半の放射性物質を基準値以下にまで取り除き、さらに放出前には海水で希釈し、国の安全基準を満たしていることを確認したものが、ALPS処理水と呼ばれています。
2023年8月24日午後1時、東京電力福島第一原子力発電所からALPS処理水が太平洋へ放出され、中国が海産物の輸入制限をするなど、日本の水産業界に大きな影響を与えました。
特に北海道では、中国向けのホタテ貝が大きな打撃を受けたことは、ご存知の方も多いでしょう。
当時のブログはこちらを参照ください。
ALPS処理水放出による中国の対応は国際法違反に当たるのか?
▼参考
北海道によるALPS処理水の海洋放出の経過と対応(2025年10月)
国の基準を満たし、安全性が認められているとはいえ、技術的な評価や基準とは別に、「不安を感じる」「海に流すのは抵抗がある」という声が根強くあるのも事実です。
その結果として、社会的に大きな問題となっているのが、”風評被害”です。
つまり科学的な安全性とは関係なく、消費者の不安や海外の輸入規制が原因で水産物が売れなくなったり、価格が下がったりする現象が、実際に起こってしまい、地域の漁業者や水産会社へのダメージは計り知れないものとなりました。
こうした風評被害は、感覚的な問題にとどまらず、実際の数字にもはっきりと表れています。
経済産業省の調査によると、ALPS処理水の海洋放出が始まった2023年8月22日から、2024年1月11日の調査時点で、東京電力が設置した処理水賠償コールセンターには、約1,900件もの問い合わせが寄せられています。

引用:ALPS処理水の処分に関する対応について|経済産業省:廃炉・汚染水・処理水対策チーム事務局
一方で、問い合わせ件数に対して、実際に賠償請求の手続きまで進んだ件数は限られています。
東電から事業者へ、賠償請求に必要な書類(請求書様式等)が送付されたのは約800件、そのうち事業者側から請求書が提出されたのは約180件にとどまっています。
この数字からは、「影響は感じているものの、請求手続きの負担や判断の難しさから、賠償請求に踏み切れない事業者が多い」という実情もうかがえます。
さらに、2025年2月12日時点では、賠償の支払い件数は約510件、賠償総額は約540億円に達しています。
件数としては決して多くはありませんが、総額が大きいことから、一件あたりの被害額が深刻なケースも少なくないことがわかります。

このように、ALPS処理水放出をめぐる風評被害は、単なる「不安の声」にとどまらず、実際に多額の経済的損失と賠償を生む現実的な問題として、今も水産業の現場に重くのしかかっています。

ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害については、東京電力が賠償制度を設けており、対象となる事業者には、その経済的損失に対して、補償が受けられる仕組みになっています。
漁業者、加工業者、流通業者、卸売市場、飲食店、宿泊業など、影響を受ける可能性がある幅広い業種が対象です。
東京電力に請求するには、大きく分けると「直接請求」「ADR申立」「訴訟」の三種類があります。
東京電力と直接交渉する方法を「直接請求」といい、窓口に直接問い合わせをして、必要書類を添えて申請します。
賠償制度の種類
簡易迅速賠償:風評被害を原因とした売上減少を証明する資料がそろっていれば、比較的シンプルな手続きで申請できる仕組みです。
本賠償:より大きな損害や複雑なケースに対応する手続きで、こちらは詳細な資料や説明が必要になります。
申請が進み審査が終わると、東京電力側から賠償金額を示す和解案が提示され、それに同意をすれば和解が完了、賠償金が支払われることになります。

賠償を受けるためには、単に売上の減少を証明するだけでなく、東京電力の審査基準に準じて「風評被害によって売上が落ちた」という因果関係を示す必要があります。
ところが、特に水産業では、季節変動や天候の影響、コロナのような外的要因などにより、売上が上下することは珍しくありません。
そのため、「全体の売上減少の中で、どの部分が風評被害による損失なのか」を数値で示すのが難しいのです。
実際に申請をしようと思っても、十分な書類が揃えられない、申請するのに必要書類が多い、問い合わせや審査に時間がかかるなど、事業者側の負担がかなり大きいといえます。
さらに、賠償を受けるには、東京電力の審査基準をクリアしなければなりません。
賠償する側が、賠償を受ける側を判断するという構造については、そもそもの審査基準や審査の透明性など、”被害者側が不利になりやすい”という指摘もあります。
また、事案によっては東京電力側は弁護士を雇い、弁護士に具体的な対応を任せることで,賠償請求が通らなかったり減額されたりする場合もあり、その理由が納得のいくかたちで説明されないケースもあるそうです。
直接請求がうまく進まない場合には、「原子力損害賠償紛争解決センター」という国のADR(裁判外紛争解決機関)に申し立てることもできます。ADRとは、被害を受けた方と東京電力の間に立ち、中立的な立場から話し合いをサポートしてくれる機関です。
ADRの申立に必要な書類は、裁判手続きほど複雑ではありません。
担当の調停委員が双方の主張を整理して、妥当な解決案を提示してくれるので、「自分たちで東電と交渉するのがむずかしい」という方にとっては、利用しやすい制度でしょう。
調停員が妥当な解決案を提示してくれた場合にそれで成立する場合が多いとも聞いております。
ただし、センターが示す解決案は、あくまで調停ですから裁判のような判決により案を強制させることはできません。
双方がその案を同意した場合に初めて拘束力が生じるものです。
あくまで調停という話し合いの場であり、裁判所のように判決が出るわけではないので、合意を得られないまま話し合いが終了してしまうケースもあります。
交渉やADR調停がスムーズに進まない場合、次の選択肢となるのが訴訟です。
訴訟になると、裁判所による判決には拘束力があるため、判決の内容に従って東電に支払い義務が生じます。
証拠が十分にそろっているケースや、明らかに不当な判断がされている場合は、訴訟の方が適切な場合もあります。
「直接請求の手続きがむずかしい」
「ADRに申し立てたほうがいいのか/訴訟が適切なのか」
「必要書類がわからない・揃えられない」
「審査の結果、賠償が認められなかったが納得できない」
請求から賠償を受けるまでには時間と労力もかかりますし、申請の複雑さや難しさから諦めてしまう方もいらっしゃるかと思います。
しかし、泣き寝入りする前にぜひ一度、当事務所にご相談ください。
実際に、漁業者や水産会社の方からALPS処理水の賠償に関してご依頼いただいておりますが、「もっとはやく相談すればよかった」と皆さん声を揃えて言ってくださいます。
水産庁で10年の経験
漁業関係者・水産会社の顧問、受任実績多数
水産業経営アドバイザー(日本金融政策公庫認定)としても活動
水産業における法務を網羅した専門書「水産業法務のすべて(民事法研究会)」編著

私は水産庁で10年以上、漁業関係者や水産会社の皆さんと関わってきました。
現在も弁護士として、そして水産経営アドバイザーとしての活動も続けながら
全国の漁業関係者さんの声を聞いています。
「日本の水産業の未来を明るくしたい」というのは、どんなときも私の一番の目標です。
水産業法務の第一人者を目指せるよう、これからも尽力していきたいです。
弁護士 長友隆典
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