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IWC脱退と商業捕鯨再開について

本日,私にとって,そしておそらく日本国にとって重大なニュースが飛び込んできました。先週あたりから噂されていましたが,我が国が国際捕鯨委員会(IWC)から正式に脱退し,来年の7月以降に商業捕鯨を再開するということです。

日本経済新聞「IWC脱退、政府が決定 商業捕鯨の再開に道」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39382860W8A221C1MM0000/

ご存知の方もいらっしゃると思いますが,私は水産庁勤務時代に「水産庁捕鯨班」という捕鯨担当部署に所属し,2002年から2004年まで毎年IWCに参加しておりました。海産哺乳動物管理官」というポストに就き,IWCでの捕鯨対応だけではなく,国内でのイルカ類や小型鯨類の管理業務,捕鯨船の監督官や沿岸での捕獲調査の監督官も歴任しました。

弁護士になった今でも,海洋問題・捕鯨問題は私のライフワークのひとつとして常に関心事の中心にありますので,今回の決定に対する私の見解を述べさせていただきたいと思います。

捕鯨大国だった日本 ~商業捕鯨の禁止へ

我が国はIWCの原加盟国ではなかったものの,第二次世界大戦前からイギリスやノルウェーと並ぶ大捕鯨国でもあったことから,1951年に加盟し,その後はIWC体制の下で捕鯨を継続してきました。

1982年にいわゆる商業捕鯨モラトリアム(一時停止)が可決され,1986年から商業捕鯨が停止になってからは,事実上,IWCの管理する鯨類の商業捕鯨が禁止され,(注:IWCは全ての鯨類を管轄しているのではありません。小型の鯨類の捕鯨は個々の国の管理に任されています),我が国は科学的調査を目的としたいわゆる「捕獲調査」により捕鯨を継続していました。我が国は国際組織の一員として,IWCの基となっている「国際捕鯨取締条約」を遵守し,その枠内での捕鯨再開を目指し,持続的な捕鯨の実現のために科学調査を推進するとともに,鯨類を含む野生生物資源の持続的利用を推進する国々との協調を図ってきたところです。

鯨類保護団体」となってしまった国際捕鯨委員会

1982年に決定された商業捕鯨モラトリアム条項には,「1990年までに新しい方法による捕獲枠の設定」を行うことになっていました。ところが,捕鯨を管理する国際組織であるにIWCは,反捕鯨国と反捕鯨団体が多数を占め,事実上は鯨類の利用を禁止し続ける「鯨類保護団体」となってしまっていて,そもそもの条約上の目的である「捕鯨を持続的に管理する」という目的を達成できない状態になっています。現在の科学委員会で鯨類を持続的に利用するための研究を行っているのは我が国とノルウェーくらいであり,もっぱら鯨類をいかにして保護するかという科学者に占められています。総会においても,捕鯨を禁止されても全く困らない反捕鯨国の代表やNGOによるパフォーマンスの場となっており,捕鯨再開に向けた建設的な議論が全くされていません。

IWC脱退は不可避だった

過去にIWCの科学委員会や総会に出席した経験から申し上げますと,現在のIWCの枠内では商業捕鯨の再開は不可能であり,商業捕鯨を再開するためにはIWCからの脱退は不可避だったと断言することができます。

国際捕鯨取締条約の規定では,商業捕鯨モラトリアムを解除するためには投票した国の4分の3の賛成が必要なところ,反捕鯨国が多数を占める現状では,商業捕鯨再開のために4分の3の賛成を得ることは不可能と言えます。
そうであれば,IWCの枠組みにとどまるよりも,そこを離れて商業捕鯨を再開することが現実的であると言わざるを得ません。

商業捕鯨再開に向けての課題

約30年ぶりに商業捕鯨が再開されることになりますが,いくつかハードルがあります。

まず,鯨類の利用は「その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する。」ということが国連海洋法条約の規定で決められているということです(国連海洋法条約65条)。ここでいう「適当な国際機関」とはこれまでIWCのことであると認識されていました。そのため,我が国がIWCを脱退し商業捕鯨を再開した場合は国連海洋法条約に抵触する恐れがあります。一方で,上述のとおりIWCはもはや捕鯨を管理する団体としては機能不全に陥っていましたので,ノルウェーやアイスランドなどは,北大西洋において独自の捕鯨管理団体(北大西洋海産哺乳動物委員会:NAMMCO)を設立し,実質的に捕鯨の管理をIWCからNAMMCOに移して活動しています。そのため,我が国も鯨類の持続的利用を推進する国々と新たな捕鯨管理団体の設立に迫られると予想されます。

次に,南極海における捕鯨が事実上できなくなる恐れがあるということです。南極での天然資源の利用については,南極に関する国際条約により厳格に管理されており,鯨類を含む生物資源については主として「南極海洋生物資源保存管理委員会」(CCAMLR)により管理されています。しかしながら,クジラとアザラシの管理については,それぞれ「国際捕鯨取締条約」と「南極のアザラシの保存に関する条約」により管理されているということで,CCAMLRの対象外となっていました。逆に言うならば,IWCに加盟している限りは南極海でも捕鯨が出来たのですが,脱退するとCCAMLRの制限下に置かれることとなり,事実上南極海での捕鯨が出来なくなります。そのため,今回の政府の発表でも商業捕鯨の実施は我が国の排他的経済水域(EEZ)内という限定がついたのもこれが理由です。

反捕鯨国からの批判も高まる

次に,米国やオーストラリアなどの主要な反捕鯨国からの圧力が高まることになることです。我が国は,かつて商業捕鯨モラトリアムに異議申立てをしていましたが,これをアメリカの圧力により取下げた経緯があります。IWCの規則上,異議申立てをすればその決定に拘束されないこととなるので,商業捕鯨モラトリアムがあったとしても商業捕鯨をIWCの枠組みの中で継続することが可能となります。現在,ノルウェーやアイスランドがそのような枠組みで商業捕鯨を実施しています。今回,我が国がIWC脱退と商業捕鯨再開を宣言したことにより,再びアメリカやオーストラリアなどから経済制裁などを受ける可能性はあります。また,グリーンピースやシーシェパードなどが,我が国の捕鯨船や捕鯨地域に対して嫌がらせを劇化する恐れも否定できません。私は,水産庁時代も反捕鯨国や反捕鯨NGOと対峙してきましたが,これらの圧力は決して無視できるものではないのです。

日本の捕鯨地域・続く鯨文化

このように,商業捕鯨再開には課題も多いですが,我が国の沿岸捕鯨地域(水産庁では,北海道網走市,宮城県石巻市牡鹿町,千葉県南房総市和田,和歌山県太地町の4か所を言っています)にとっては朗報であると言えます。30年以上も商業捕鯨再開を待ちわびた人々・地域にとっては,ようやく実現すると言えるでしょう。私もそのような沿岸捕鯨地域を全てまわって,捕鯨業者や地域の人々との対話を重ねてきました。捕鯨や鯨肉食は日本全国の文化とは言えないと主張する人々もおりますが,海洋国家である我が国において捕鯨と鯨肉の利用が,数千年も続いてきた伝統であることは間違いなく,そして戦後の食糧難の時代には,多くの人々を救ってきたのは事実です。

今回は,最も資源が多い南極海での商業捕鯨再開には至りませんが,沿岸地域の捕鯨が再開されることで,鯨類の持続的利用が推進され,地域の人々の生活に寄与し,そして,多くの人々が鯨料理を楽しむことで鯨類の持続的利用に関心を持っていただくことを期待します。

【2016年函館くじらフェスティバルの様子】

【2015年全国鯨フォーラム網走の様子】

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